「イササワケミヤ」の名前の不思議のこと:

  • 2019.07.16 Tuesday
  • 07:23

 

7月は、二週連続で琵琶湖を通って、小浜敦賀へ行って来ました。

琵琶湖へ行くのは好きですね。

 

(琵琶湖です:遠くに見える小さい島は「竹生島」だと思います)

 

(昔は丸子船が走っていた湖上も、今はウインドサーフィンで賑わっています。)

 

小浜(ヲニフ)では、若狭国一宮の「若狭彦神社」には立ち寄りませんでしたが、

港へ行って鯖寿司定食を食べ、魚を買って帰るだけのコースでしたが、

敦賀ではちゃんと「氣比神宮」(けひじんぐう)へ参拝してまいりました。

敦賀の気比神宮までのコースが岐阜の自宅から意外に早く行けるコースでして、

裏道を通って2時間という、夢の忍者道(国道303号線)が続いているのですね!

 

実際、一般に皆様が走られる表の名神高速を使って大回りして走るのと、

山中の裏道を走るのとでは時間的に同じに到着するのだと思います。楽に走れて、すごく得した気持ちになります。

そんなわけで、私はこれからも頻繁に行こうと思っているのですが、

今日はその「氣比神宮」の御祭神の伊奢沙別命(いささわけのみこと)の名前の意味について考えてみたいと思います。

 

(漆朱塗りの鳥居が美しくなりました)

 

(御祭神:伊奢沙別命(いささわけのみこと)気比大神とあります)

 

「イササワケ」って、どんな意味なの?と言うことです。

 

因みに、気比神宮(けひじんぐう)の「ケヒ」の意味って何なの?というお話は以前にさせていただきましたね。

「ケヒ」ではなくて、「ケヰ」と考えると分かりやすいですね。

「ケ」とは食事で、「ヰ」とは居処と考えれば、翁に食事と住まいの世話をしていただいて、

更に問題解決の世話までしていただいたお陰で、

巡り開ける「チ」(=針・地・知恵・血縁)を得たことに感謝という意味なのだと思います。

 

ホ27-23(5781)

オモムロオ イササワケミヤ

ケヰノカミ ユエハヲキナニ

ケヰオヱテ メクリヒラケル

チオヱタリ カトテノケヰソ

 

気比神宮:「ケヒ」の意味について

  • 2019.06.11 Tuesday

 

さて、今回のテーマの「イササワケ」ですが、

私は、「イササワケ」という意味が、仲直りと取ったら良いのか?

又は、仲違い(なかたがい)と取ったら良いのか?この二つで迷っていたのですね。

 

なぜかと言うと、「イササワケ」(仲違い・不仲)と取ると

「イササワケミヤ」と言う意味が、仲違いの宮という意味になるからです!

こんな恥ずかしい名前を、つけるのでしょうか??

 

ですから、きっと「イササワケ」と言うのは、(仲直り)なのだと思っていました。

ところがですよ!

ホ25−18には、こんな風に書いてあります。

 

ホ25−18

マツリキケ ウツキネスセリ

キタノツニ ユキテヲサメヨ

イササワケ アレハムツメヨ

 

ウツキネスセリ =ウツキネ(ホオデミ)とスセリ(ウカワミヤ)は、

キタノツニ   =「キタノツ」(敦賀)に

ユキテヲサメヨ =行って、(自分の与えられた担当場所を)管理しなさい。

イササワケ   =「イササワケ」(仲違い)

アレハムツメヨ =あるなら、仲良くしなさい。

 

以上のような文章の流れになっていますので、

この場合、「イササワケ」は、(仲違い・不仲)と取らないと意味が通りません。

ですので、やっぱり「イササワケ」は、不仲であって

「イササワケミヤ」と言う名前は、(仲違いの宮)?

変な名前をつけたものですね!

 

因みに、「キタノツニ ユキテヲサメヨ」ですが、

ここに出てくる「ヲサメヨ」と言う意味をどう解釈するか?ですが、

「キタノツ」は、シホツツノヲチが治めておられるので、

仲の良くない、若い二人で行って「ヲサメル」のですから、

やっぱり別々に土地の管理をして、テストされていると考えると適当のようですね。

これから、稲作を拡めるにあたっての、リーダーとしての管理能力ですね。

 

さて、「イササワケ」を辞書で引いてみました。

いつもの古語辞典ですが、やっぱりありませんでした。

あったのは、

「いささ」:小さな、わずかな、ささやかな

「別け・分け」:区別、配分、供物のお下がり、引き分け

「訳」:事情、様子、理由、道理

 

「イササワケ」という言葉は、古語辞典にも載っていないくらいですから、

きっと、それよりももっと古い言葉なのですね。

この中の言葉を組み合わせて考えるなら、

「イササワケ」=(小さな事情)というのが適当なようで、(いざこざ)とも言って良いかと思えます。

でも、(小さな事情)ととらえると、(ちょっとした、わけあり)程度の優しい表現にもなりますので、

きっと、この優しい表現として使われていたのではないか?と思いました。

 

イササワケミヤ」=(少々訳ありの宮)程度の響きではなかったかと、思います。

日本語の表現は、当たりが柔らかいですね。でも婉曲に意味を示していますね。

 

 

 

 

(気比神宮の鳥居は、特に美しいですね!)

 

気比神宮は、鳥居の朱塗り工事が終わって二度目の参拝でしたが、漆塗りの鳥居は本当に綺麗でした。

金色の「気比神宮」の額縁が目映いですね!

駐車場は、大鳥居の左側にあって、ちゃんとした参拝者なら駐まれるみたいです。

「キタノツ」(敦賀)は、魚も美味しいし港も気持ちが良いのでまた行きます。

皆様も機会があれば、是非足を運んでみてくださいね。

 

(手前の手水舎の「長命水」:カメが浦島太郎さんの物語を思い出させます)

※バッチリ飲んできましたので、長生きできますよ♪

 

(狛犬さんは、新しいタイプの角なしになっていました)

 

因みに、気比の浜は、今は海水浴シーズンで全て有料駐車場になってしまっていました。

ですから、景色を見るという人には、

いつもの雰囲気がまったくありませんので、ご注意くださいね。

 

以上、今日のお話は「イササワケ」の意味を考えるでした。

また、気づいた点やご意見などありましたら、是非コメントをお願い致します。

 

『万葉集』に関する本を2冊。オススメ頂きました!

  • 2019.07.14 Sunday
  • 21:52

 

最近は、少しブログの更新が止まっていましたのも、その理由を考えていましたら、

せっかく教えていただいて、読ませていただいた素敵な本をご紹介してなかったからでした。

 

今日は、その本を紹介させて頂きたいと思います。

四国の合田さんに教えていただきました、『万葉集』に関する本で、とても勉強になりました。

『万葉集』は「令和」の新元号の出所でもありますので、

書籍もそれに関連して、売れ行きが良かったようですね。

 

おすすめ下さったのは、「令和」だからという理由からではなく、

『万葉集』を読むことが、いちばん日本の大元の思想に近づくことができるという意味で、

読んでおくと参考になるかと、オススメして下さったのだと思います。

 

 

3冊おすすめしてくださいましたが、とりあえず私は2冊読ませて頂きました。

 

1冊目は、

『万葉集のこころ日本語のこころ』(渡部昇一)出版社: ワック

 

2冊目は、

『ひらがなでよめばわかる日本語』(中西進)新潮文庫

 

この2冊の本では、『万葉集』の歌を題材にしながら、やまとことばの優しさに触れられていました。

少し考えてみれば分かることですが、漢字の混じった文章を全部、訓読みすれば、やまとことばになりますね。

それで、実際に読んでみると気がつきますが、

漢字熟語を排した、やまとことばだけの文章は、なぜかしら優しく感じ、

反対に漢語が増えれば増えるほど力強くはありますが虚勢にも通じて、自分の本心からは遠ざかるようにも思えます。

 

やまとことばの不思議な力ですね。これは、やまとことばこそ本当の母国語だからでもあり、

やまとことばの持つ、思想的な優しさからくるものでもあると思います。

 

『万葉集』は、もちろん、万葉仮名を使ったやまとことばだけで書かれています。

漢字が難しくて書けなかったの?と思いきや、

実は漢語で書いた方がよほど書きやすい立場のインテリ層の人たちが、

あえて漢語ではなく、万葉仮名を使ってまでも、やまとことばだけの歌を残したかったのですね。

そこには、それなりの深い理由があってのことなのだと思いますが、

それだけに日本人としての、本当のこころが読み込まれています。

 

そんなやまとの心を色濃く残す『万葉集』を題材にしながら、

日本語の本当の原意、ひいては大和人の心について、考察をされている本なのです。

 

読書感想と言ってもうまく書けないので、ご紹介も遅れた次第ですが、

この2冊を読ませていただいての私の感想は、大先生方を上から見るようで申し訳ないのですが、

「ヲシテ文献」に出会って頂きたかった・・・と思いました。

 

渡部昇一さんは既に亡くなられましたし、中西進先生はまだご存命だとは思いますが、

もっと早くに「ヲシテ文献」に出会っておられたら何と思われ、

その後の研究をどう進められたただろう?と思わずにはいられませんでした。

 

お二方とも、「ヲシテ文字」をご存知ないはずですが、もうあたかも手の届きそうな程近くに

見ておられるようで、それには「凄い!」としか言いようがありません。

でも、もしも「ヲシテ文献」を目にされることがあれば、目からモヤモヤの鱗が落ちて

たちどころに「ヲシテ文献」の虜となられ、次の研究へと進展するのではないだろうか?と、

思われるところです。

(実際は、天地がひっくり返る程のことでありますので、立場上できないのかもしれませんが・・)

 

中西進先生は、この著書の中でも「やまとことば」の語源を様々な言葉に及んで推測されていて、

それも読ませていただくのも大変に興味深かったです。

ですが、私たちは既に「ヲシテ文献を知ってしまっていますので、

「残念ながらそれは、ちょっと違いますね!」と、上から目線で、ものを言いたくなる箇所もいくつかありましたよ。

(「答え」を知ってしまっているようなものですからね・・・)

 

「ヲシテ文献」を知っているのと知らないのとでは、それ程の違いが出て来るものですね。

一般人の私でも、国語の大学者さまの見識を上回ってしまい、申し訳ないような気さえします。

それほどに、「ヲシテ文献」に出会ったことは、大きな恵みなのだとつくづく思いました。

 

皆様も、良かったら、是非読んでみてくださいね。

『万葉集』の素晴らしさを知る為の入門にもなると思いますが、

「ヲシテ文献」に出会ったことの有り難さが、それ以上に分かると思います。

今回は、こんな感想になってしまいました。(汗)(^_^;)

 

また、どなた様も良い本がございましたら、是非教えて下さいね。

 

「タカマナルアヤ」に秘められた、心を掴む[超絶話法]について:

  • 2019.07.01 Monday
  • 23:27

 

七月になりましたね!今月は梅雨もあがる月になってまいりましたが、

とりあえず七月の前半は雨続きのようで、それが終わったら

乾燥期の「ミナツキ」(=水無月)ですね。

 

(雨続きで、ちょうど紫陽花も満開になってきました。6月29日撮影)

 

さて、

今日は、楽しい話題をひとつお届けしようと思います。♪( ´θ`)ノ

ちょっと早いとは思いましたが、あまり真面目な話ばかりでも

面白くありませんので、色気のあるお話です。

 

(「モモイキハマチ」:街の女性には桃色吐息ですね♪)

 

どんな話かと申しますと、

前回の「タカマナルアヤ第4章」の最後で言っていました

アマテルカミの人の心を掴む、超絶話法のお話です。

私が思いますには、

どうも、一番の核心部分に、「色の話」を入れ込んであるような気がしたのですね!

「え?!何でこんな場所に?!」と、思いましたが、

アマテルカミ様は、あえて、そうされた様な気がしました。

 

どうりで分かりにくいと思いましたね〜!

でも、何故そんな分かりにくいことまでして、大事な部分に「色の話」を突っ込むのか?

そこが、アマテルカミさまの「超絶話法」だと思ったのです。

 

やっぱり、誰でも真面目な話ばっかりでは、眠たくなりますものね。

そして、真面目な話より、どうでもいい話の方が、覚えているものです。(笑)

 

だいたい人って、どんな話に興味があるかっていうと、2つしかないんです。

1つは、自分に関心のある話。

もう1つは、面白い話。

アマテルカミ様は、その事を知っておられますから、まず面白い話で心の窓を開けておいて、

そこへポンと大切な話をされたということになりますね。

 

というわけで、私が幻を見ている可能性もありますけれど、

こんな変なこと考える人もいるんだな〜♪程度に

気楽に読んでいただければ、と思います。(笑)

 

さて、その問題の部分は、どこに書かれていたかを説明させていただきます。

話は以前に戻って、『ミカサフミ』「タカマナルアヤ」の第4章『結』の部分です。

 

ここです↓

 

第四章:『結』「アメノミヲヤ」の息と「サキリ」、「タカマ」を祭る意義のまとめ

  •         2019.05.12 Sunday

ここは、

税制について記述された、数字1つも間違っていてはいけない、一番大切な部分ですね!

 

トメヂトハ   =「トメヂ」(=10日目毎の捧げ物)と言うのは、

メノミソムフム =「メ」(=節目)に、36回行う、

セハトイキ   =「セ」(=節・捧げ物をする事)は、「トイキ」(=10日に1回、1/10)なのです。

           (※10分の1の発想から)   (10イキ=セ)

モモイキハマチ =100イキは、「マチ」と言います。(100イキ=マチ)

ミソムサト   =36マチは、「サト」と言います。 (36マチ=サト)

サトミソヤナリ =「サト」38個分(38x36x100=136800)が、

ミヲヤカミ   =(アマテルカミの)3人の親カミ様

            (イサナギ・イサナミ・トヨケカミの租税を受ける範囲です。)

ミテクラソムル

 

意味を要約すると、以下のようになります。

 

「トメヂ」(=10日目毎に捧げ物をする)というのは、1年に「メ」(=節目)が36回あるので、「セ」(=税・捧げ物をする節)「トイキ」(=10日に1回、1/10なのです。(これは、天の恵みの10分の1を頂くという考えからです。)

100「イキ」(=イキは、広さの単位)を「マチ」と言います。36「マチ」は「サト」です。

 「サト」38個分が、私(アマテルカミ)の三人の親カミ様(イサナギ・イサナミ・タマキネ様)の直轄領でした。

 

 

この「税制」の内容については、上にあげました以前の記事を見て頂ければ良いかと思います。

ここにですね。この緊張感走る、デリケートな部分に「色ごと」の話が重ねてあるのです!

では、もう一つの読み方をしてみますね。

 

トメヂトハ   =「トメヂ」(=女房の道)と言うのは、

メノミソムフム =「メ」女房が、「ミソム」36回の行事の際に「フム」行う、

セハトイキ   =「セハ」(=旦那の世話)の「トイキ」(=ため息)です。

           (※何かと気を使って大変だからね!女房には感謝してるよ。)

モモイキハマチ =でも、「マチ」街へ行くとやっぱり、(綺麗な女性がいっぱいで)

             「モモイキ」桃色吐息が出るんだよ。

ミソムサト   =しかし、いい娘だなーと、「ミソム」見染めるのはやっぱり、

          「サト」里の純情な娘だね。(この前いい娘に里で出会ってね。)

サトミソヤナリ =でも、その娘の「サト」実家は、「ミソヤ」ボロ家だったんだよ!

            (気立てが良い娘だけに、不憫におもっちゃった。)

ミヲヤカミ   =娘の「ミヲヤ」両親は、「カミ」神上がって、亡くなっていたんだ。

         (助けてあげたいけど、その娘の幸せを祈って、立ち去ったよ。)

 

※「ミソヤ」=(失敗して評判を落とした家・ぼろ家) としました。

 

つまり、アマテルカミは、ご自分の体験として里で出会った可愛い娘さんのことを絡めて、

税の話が記憶に残る様に、興味深く話して下さったのだと、思える節があるのです。

では、アマテルカミさまに、お話していただきます。

 

アマテルカミさまの里ののお話:気立ての良い娘がいましたとさ・・)

 

ーーーーーー

[アマテルカミさまのご登場]

 

 みなさん、こんにちは。アマテルカミです。

 

 私もね、みなさん知っていると思いますけど、奥さんが13人もいて、色々あって減ったりもしてますが、(会場:笑い)

女房というのも楽じゃないことは知っていますよ。

祭事が色々あって、特に36回の節にはちゃんと女房が世話をしてくれるんですね。

気を使うことが多くて、ため息がでることもあると思います。

だから、女房たちには感謝をしてるんですよ。

 でもね、私も男ですからね、奥さんが沢山いたからと言って、公務でを通りかかると、

やっぱり綺麗な若い女性が沢山いるから、ついつい桃色の吐息が出て、誘われそうになっちゃうよね!

・・わかるでしょ。(会場:笑い)

 

 しかしね、本当に「いい娘だなー」って、見染めるのは、やっぱりの純情な娘さんだよね。

この前も、公務で里へ行った時に、気立てのいい娘さんがいてね。

それで、何処に住んでいるのかな?って、気になっていたんだけど、偶然にその娘の家が分かったんです。

 

 そしたら、その娘の実家は訳ありでね、昔は名のある家だったんだけど、

今は落ちぶれてぼろ家に住んで居たの。

・・おまけに、その娘の親は二親とも、もう亡くなってたんだよ。

気立てのいい娘だけに、不憫でね!

私は天皇だからね、力になってやりたかったんだよ。

でも個人的なことだから、どうしてやることも出来なかったんだよね。

その娘の幸せを祈って、里を後にしました。(会場:涙)

 

泣けるでしょ。

この話はね、税の話に掛けてあるからね。

みんなが覚えやすいように、作りました。(会場:爆笑)

「税の事を忘れた時は、この話を思い出すんだよ」  

 

ーーーーーー

 

 以上、この様な興味を引く小話をアマテルカミ様は、創作して下さって、

難しくて眠くなる話を、印象に残るようにして下さったのかも知れません。

 こんな人情味のある話をアマカミから聞いたら、トミ・タミも心をグッと掴まれて、

いっぺんにアマテルカミの大ファンになってしまった事と、私も思います。

ですから、「コキミモミコト ミチヒコモ ミナツツシミテ ウヤマイニケリ」なんですね!

 でも、最初にも言いましたが、こんな恋の小話を一番難しいところに盛り込んでありますので、

きっと、解読が難しかったのだと思います。(笑)

 

トメヂトハ

メノミソムフム

セハトイキ

モモイキハマチ

ミソムサト

サトミソヤナリ

ミヲヤカミ

 

さてさて、この話も私の見た幻なのでしょうか?

 今日のお話は、以上です。

 

「サカオリノミヤ」ヤマトタケさんの「ツヅウタ」の本当の意味:

  • 2019.06.26 Wednesday
  • 22:44

 

 話は、少し前に戻りますが、5月ごろだったと思います、

NHK・BSの朝の番組「こころ旅」で、火野正平さんが甲斐国(山梨県)を自転車で走っていて、

偶然に何か自転車の不調でもあったのでしたか・・、立ち寄った神社がありました。

 

その神社には大きな歌碑が建っていて、その歌が何やら難しい事が書いてあったのです。

正平さんが「これ何て書いてあるの?」と言っていたら、タイミングよく宮司さんが出てきておられて、

尋ねたらお答えくださり、アレアレ??聞いたことあるよ!!

 

(「酒折の宮」の連歌発祥の地の石碑)

 

 (問ひ) 新治筑波(にひばり・つくば)を過ぎて、

      幾夜(いくよ)か寝つる

 

 (返し) かがなべて、夜(よ)には九夜(ここのよ)、

      日には十日(とをか)を

 

 これは、『ホツマツタヱ』に書いてあった、ヤマトタケさんの歌ではなかったでしょうか?!と思ったのです。

宮司さんが言われるには、ここは連歌発祥の地ということで、

倭建命(やまとたけるのみこと)のお歌と、それに対する返歌の碑だとのことでした。

『ホツマツタヱ』を読んでいた時には、どんな場所でこの歌を読んだのだろう?と思っていましたから、

ここだったのだ!と思い、感動してテレビ画面の写メを撮りました。

 

 (問い)の歌と(返し)の歌と画面に出て、返しの歌の方だけは撮れましたが、ヤマトタケさんのお歌の方は写メ撮り損なってしまいました。酒折宮(さかおりのみや)って言っていました。

 

(BS「こころ旅」:酒折の宮で、宮司さんが火野正平さんに歌碑の説明をしている場面です)

 

 

 あのお歌を詠まれた「酒折の宮」を後で調べてみようということにして、

やっと調べて今日の記事になっているのですが、場所は読み直してみると、

どうも違う様な気がしています。

『ホツマツタヱ』で言う「サカオリノミヤ」は富士山南麓だったと思いますが、

ここ「酒折の宮」は山梨県甲府市にありますね。

 

 まあ、場所はともかくとしましても、この歌の意味が中々難しいのですね。

説明がなかったら、全然意味が分からないと思います。

テレビ番組では、宮司さんが倭建命の行軍のことを説明されてはいましたが、

やっぱり『古事記』を元にした話ですし、漢字直訳のお歌では、歌の真意までは読み取れないです。

 ただ、「連歌の発祥の地です」という話には、正平さんも歌の意味は分からないにしても、感心していましたが。

 

 では、実際はどんな意味だったのか?

 先ずは、どんな状況でよまれた歌かと言いますと、ヤマトタケさんは「ホツマウチ」に出かけられていたのです。

 東国から北の国は、税の上納が途絶えていたので、国家を再統一するための交渉をする目的の行軍です。

 その途上では、焼津で焼き討ちにあい草薙剣(くさなぎのつるぎ)で窮地を脱することもありました。(この話は有名です)

また、大磯の海では船が難破しそうになり、

荒波を鎮めようとした妃の「ヲトタチバナヒメ」が身を投げて亡くなったりという悲しいこともありました。

 

 困難を窮めながらも目出度く、東北地方の「ミチノク」や津軽の「ミチヒコ」らを説得する事ができて帰ることになりました。

その道すがらのことです。お詫びの宝物をどっさり貰って重い荷物を皆で交代に担いで山道を歩くので、

担ぎ手は疲労困憊し日暮れになってやっと今、

「サカオリノミヤ」に皆が集まり到着したところです。

 

 担ぎ手同士が疲れて愚痴を言いあいます。

「力を惜しむなら歌を詠め」

「今は力の時代かだらカミヨの歌は詠めん」

などと言っているのですね。

 それをヤマトタケさんが、聞いておられ、

その中へ「ツツウタ」を書いて差し出しされたのが、この時の歌でした。

(古事記からの漢字直訳の解釈では、このような歌になります。)

 

 (問ひ) 新治筑波(にひばり・つくば)を過ぎて、

      幾夜(いくよ)か寝つる

 

「ツツウタ」には、返し歌が必要ですので、「返せよ」と一言添えられましたが、誰も返しをしません。

そこへ、「ヒトホシヨスナ」が、このような返歌を差し出しました。

 

  (返し) かがなべて、夜(よ)には九夜(ここのよ)、

      日には十日(とをか)を

 

 驚いたことにヤマトタケさんは、この返し歌に「ヒトホシヨスナ」を褒めて、クニまで与えられました。

この歌の意味は、一緒にいた仲間にも解らなかったくらいですから、やっぱり理解するには難しいですね!

 

ヤマトタケさんの問いとして、「新治・筑波を過ぎて、幾夜寝ましたか?」と寝ていない事に対しての質問をしていて、

ヒトホシヨスナは、「考えてみたら9夜で、日としたら10日」です」と答えているみたいですけど、

これだけの内容でしたら、褒められる訳もありません。

 

 ですから、『古事記』に書いてある内容から、この歌の価値を理解するのは、絶対に無理!

『ヲシテ』の原文で長い歴史の経緯を読んで、納得していないと、決して分かるものではないのです。

 

(※この経緯は、『ホツマで読むヤマトタケ物語』(池田満著)で詳しく解説して下さっていますので、まだ読まれていない方には絶対にオススメです。)

 

(『定本ホツマツタヱ』の歌の比較部分)

 

 

ニイハリツツクハオ  (9)

スギテイクヨカネツル (10)

 

真意は、この様になります。

『ホツマで読むヤマトタケ物語』での解説から引用させて頂きますと、

 

「新田開発の為に「ニイハリのミヤ」を立てて、

そこにお移りになられてから、

どれ程の幾世のご苦労があられた事だろうか?」でした。

 

ヨスナの返しは、

 

カガナエテヨニハココ (10)

ノヨヒニハトオカオ  (9)

 

「ニニキネさまは、日蔭のミヤ(朝廷)としてのご努力から積み重ねてゆかれましたのでした。

それは、「ツクハ」から、

1、「ニイハリ」へとお移りになれれ、また、

2、「ツクハ」へとお戻りになります。そして、また、

3、「ニイハリ」へと行かれます。この後、

4、「ミツホのミヤ」にお移りになり、また、

5、「ツクシ」(九州)にと、

6、「カモのミヤ」(京都の上賀茂神社)にと、これで6箇所になります。六世です。

次の

7、「ホオテミ」さま。その次の

8、「ウカヤフキアワセス」さま、次の

9、「タケヒト」さま(神武天皇)の東征前の3世を合わせると、

日蔭のミヤ(朝廷)としての合計が9世です。

タケヒトさま(神武天皇)がご苦労なさった東征後に世を知ろしめしてカシハラで即位なさって、

統一できた朝廷として、この10世めに日の目に当たり得たと申せましょう」

 二朝廷並立の時代から苦労に苦労を重ねて来た、

ニニキネさんのご子孫にも思いを馳せる歌だったのでした。

 

 ヒトホシヨスナは、一介のお世話役にすぎなかったと思いますが、

常に治世のご苦労のことを考えていたのでヤマトタケさんのお気持ちが読めて、直ぐに返歌ができたのでしょう。

そこを評価されて「タケタムラ」を賜ることになりました。

歴史の理解こそ国家の重大事、領主としての適任者と判断されたわけですね。

 

 

 

 また、「ヒトホシヨスナ」「ソロリ」とも言い、先祖を辿ってみますと「ソロリヨシタケ」(ホ34−34)という人がいてカラクニの言葉を理解したとも書かれていますので、秦から渡って来た徐福の子孫ともとれます。

 帰化人であっても、日本のことを日本人以上に大切に思っている人もいた事が分かります。

 これからの令和の時代もまた、外国人流入が増えてきつつある様相にありますが、このように見事に日本に溶け込み、帰化される方なら、問題なく歓迎したいです。

 

 以上、今回は、BS「こころ旅」を観ていて、ヤマトタケさんの「ツツウタ」に出逢いましたというお話でした。

それにしても、ヤマトタケさんってヤマトのクニの大英雄ですね!

 

「マツリ」という言葉の意味について:

  • 2019.06.20 Thursday
  • 21:38

 

 6月も末に差し掛かりますと、流石に紫陽花も満開になりますね♪ 今日は久しぶりに朝のサイクリングに行ってきましたら、道すがらにも、色とりどりの紫陽花が綺麗に咲いていました。紫陽花は花の時期が長いので嬉しいですね♪( ・∇・)

 

(道すがら、畑の中の紫陽花が綺麗に咲いていました。)

 

(お元気ですか?・・井上陽水です♪)

 

 さて今日のテーマは、祭り(マツリ)です。祭りと言っても、言葉の意味です。だいたいが、お祭りって何やってるの?と、小さい頃から思っていました。何であんなことをするんだろう?って。ハッピを着て、御神輿(おみこし)を吊ってワッショイと言ったり、楽しいイベントかと思えば、神妙な「祀る」(まつる)という事も「マツリ」だし、そうかと思えば政治のことを「政」(まつりごと)と言ったりして、何で「マツリ」に色んな意味があるの?と思っていました。これは、漢字で考えているうちは全然わからなくて、たまたま、同じ発音をするくらいに思えます。しかし、何らかの関係性があるのではないか?と、ずっと疑問に思っていました。

 

(5月の京都「ヲシテ講習会」の帰りに出会ったお神輿です。重いので車輪がついていました。)

 

 ところが、「ヲシテ」に出会ってから、この「マツリ」という言葉を「ヲシテ」の文字から考えますと、少しは気付くこともありました。気がついたことは、次のような事です。

 

 「マツリ」は、「マ」(=間)を「ツ」(=集め)て「リ」(=散らす)

ということではないか?ということです。「間を集めて散らす」

 

 この時に、「マ」(=間)というのは、大きく分けて2通りの「マ」(=間)があるのだと思います。

1つは、時間的な「マ」(=間)で、もう1つは、空間的な「マ」(=間)です。

人は、時間的にも空間的にも離れると、気持ちが離れていって、散り散りになりますね。その離れた気持ちを纏めるのが、「マツリ」ではないか?という事です。

 

先ずは、時間的な「マ」(=間)を考えてみましょう。

 日本は特に歴史が長いですので、大昔からずっと続いている教えがあります。その大元に人々が集っているわけですが、その時間的な隔たりというのは、かなりのものなので、今の「令和」の時代からしたら、江戸時代なんてはるか昔ですが、平安時代やその前ともなりますと、とんでもない時間的な隔たりがあります。その大いなる隔たりを大昔に戻して、いつの時代も同じお神輿を吊って、同じように掛け声をかけて気持ちを一つにする。これにより、時代の隔たりを取り払うというものです。

 

もう一つは、空間的な「マ」(=間)です。

 同じ地域の共同体だとしても、仕事に関しては皆それぞれの持ち場があります。また、遠くへ出張に行っていることもあります。常に同じ地域にいて言葉を交わし合うということがなくても、「祭」(まつり)があれば、集まってきてその時だけでも、一緒になって同じ神輿を担いで同じ気持ちになります。そして、祭が終わればまた自分の持ち場へと、共有した気持ちを持ち帰ることができます。これが空間的な「マ」(=間)「ツリ」だと思うのです。

 

 ここまでは考えていたのですが、今日は一つ気がついたことがありましたので、ブログに書いてみようと思いました。それは、私が背広やブレザーを新調して、初めてきた時に、「まつり糸が付いていますよ」と、教えていただいたことがあったのを思い出したのです。背広の背中のところの裾に切れ目がありますよね。その切れ目を糸で閉じてあるのですが、それに気づかずにそのまま着ていくと、バッテンがしてあったりしてカッコ悪いのです。

 それを注意されたのですね!よく考えたら、これは「まつり糸」ではなくて、「しつけ糸」でしたが、「マツリ」というのは、縫製にも関係する言葉だと気がつきました。「まつり縫い」ですね。縫製の「まつり」で考えてみると、お祭りの「マツリ」も政治の政「マツリ」も、イメージが掴みやすいのではないか、と思いました。

 

 まつり縫いとは、表に縫い目が目立たないように縫い留める方法です。 主にズボンやスカートの裾上げをする際に使います。「まつる」というのは、見えないようにして、別々の部分を離れないようにつなぎ留める事を言うのですね。

 

 

 

ヲシテ時代は、政(まつりごと)に関しても、機織りや縫製に例えられていました。

 

ホ23アヤ「ミハサタメツルギナノアヤ」に、かなり詳しく機織りとマツリゴトの関係も書いてあったのを思い出しました。

 

ホ23ー47

マツリコト タミノイモセハ

ヲサヒトハ ヰヤクムヲサハ

ヒトテユヒ ヤソテヘヒトリ

アレヲサト ナルオオトラガ

チキリマク ヤソアレヘオク

アカタヌシ コレヒトヨミノ

モノノヘゾ ヤソヘノクニニ

ツウチオキ モノノヘタテオ

ヲシヱシム コノクニツコニ

ヨコヘソリ ソエテアマネク

ミチワキテ

 

マツリコト   =政(まつりごと)も織りに合わせて組み立てます。

タミノイモセハ =民の夫婦は、

ヲサヒトハ   =「ヲサ」の1「ハ」です。

ヰヤクムヲサハ =5軒組の「ヲサ」は、

ヒトテユヒ   =人の片手の指の数です。

ヤソテヘヒトリ =80「テ」(80x5=400)へ1人

アレヲサト   =「アレヲサ」を任命します。

ナルオオドラガ =その「オオド」らが、

チキリマク   =結婚式を執り行います。

ヤソアレヘオク =80「アレヲサ」に

アカタヌシ   =「アガタヌシ」を1人置きます。

コレヒトヨミノ =これが、1「ヨミ」の

モノノヘゾ   =「モノノベ」です。

ヤソヘノクニニ =80「モノノベ」のクニに

ツウチオキ   =「ツウチ」を置き、

モノノヘタテオ =「モノノヘ」へ道を

ヲシヱシム   =教えて指導します。

コノクニツコニ =これを「クニツコ」と言いますが、

ヨコヘソリ   =「ヨコヘ」を10人ずつ

ソエテアマネク =添えて、遍く

ミチワキテ   =道を教えて治めます。

 

このように、民の夫婦は「ヲサ」の1「ハ」から始まって、5軒で1組の制度など、順に大きな仕組みまで作られています。この事からも、「まつり」は、織物や縫い物に関係した概念で考えると分かりやすく思えます。

 

また、フトマニの「へヌウ」の項目には、政(まつりごと)を縫い物に例えて次のようにあります。

 

フー20

ヘヌウ

へニヌウハ マツリトルミノ

ムラサキソ イサメツクセハ

タミソヌイケル

 

へニヌウハ   =微力でも一生懸命に、政(まつりごと)のほころびを縫っていますと、

マツリトルミノ =政(まつりごと)を執る者にとっては、

ムラサキソ   =集まってくる民が、どんどん増えてくることを意味します。

イサメツクセハ =民の意識が目覚めて、それに対して意を尽くせば、

タミソヌイケル =民自身が、その政(まつりごと)のほころびを縫い始めます。

 

『フトマニ』からも、「マツリ」「ヌウ」(縫う)ことに関係したイメージで考えると分かりやすいようです。

 

 ついでながら、「ヘヌウ」の項目を読みますと、池田先生の「ヲシテ」の研究と普及のお仕事のことの様です。一人でも全力を尽くして「ヲシテ国学」を守るという姿に、時間はかかっても多くの賛同者が集まって来るのだと思います!私もそのひとりですが、吸引力となるのはやはり「情熱」ですね。p(^_^)q

 

また、『ホツマツタヱ』の27ー33には、「マツリゴト」について、アマテルカミがこのように仰っています。

 

ワレムカシ アメノミチヱル

カクノフミ ミヲヤモアミオ

サツクナモ ミヲヤアマキミ

コノココロ ヨロノマツリオ

キクトキハ カミモクタリテ

ウヤマエハ カミノミヲヤソ

 

ワレムカシ   =私は昔、

アメノミチヱル =「アメノミチ」を得ました

カクノフミ   =『カクノフミ』ですが、

ミヲヤモアミオ =これは、「ミヲヤ」が百編ものアヤを

サツクナモ   =授けて下さったものです。その名も、

ミヲヤアマキミ =『ミヲヤアマキミ』と言います。

コノココロ   =この意味は、

ヨロノマツリオ =沢山の政(まつりごと)を

キクトキハ   =聞く時には、

カミモクタリテ =御先祖の「カミ」達も降ってきて下さいまして、

ウヤマエハ   =その「カミ」を敬って、前例に鑑みますので、

カミノミヲヤソ =『カクノフミ』そのものが、「カミノミヲヤ」なのです。

 

「マツリ」政を「キク」聞くと言っておられるところが印象に残ります。政(まつりごと)は取り仕切るという態度ではなく、聞くという姿勢で、アマキミはやっておられた事が分かりますね。

強制的に、こうしなさいという政治ではなく、状況をよく聞いて御先祖の「カミガミ」(『カクノフミ』)と共に、どうしたら良くなるのか?ということを考え、議論をした上で良い案を出すというやり方だったようです。目立たぬように、裏で「まつり縫い」をするイメージが浮かんできます。

 

 まとめとして「マツリ」(祭・祀り・政)の意味を考えますと、時間的にも空間的にも民のこころを縫いつないで、今ここに纏めることが、「まつり」なのではないかと、思えました。

 

 また、「マツリ」「マ」(=魔)と取りますと、「マ」(魔)を「ツ」集めて「リ」散らすという意味の「魔払い」(魔除け)でもあるのかも知れません。祭りの時は、非日常の乱暴な事も許されて、それで厄を逃れ「魔を払う」という事もありますからね。

 

以上、今日は「マツリ」の意味を考えるというお話でした。

また、ご意見や感想などございましたら、コメントを宜しくお願い致します。

 

14アヤ「ヨツギノルノトコトノアヤ」ハラミの項目:

  • 2019.06.18 Tuesday
  • 08:40

 

 今日のテーマは、以前の16アヤの「ハラミツツシムオビノアヤ」に引き続き、

14アヤにも「ハラミ」(=孕み)の項目がありましたので、もう一度、胎児の成長過程についての記述を見ていきたいと思います。何故、胎児の成長過程に着目しているかと言いますと、胎児の成長は、稲の成長や宇宙の発生過程にも関連付けられる「縄文哲学」だったと思われるからです。以前の記事にも取り上げていましたように、『ミカサフミ 』の「タカマナルアヤ」16アヤの「ハラミツツシムオビノアヤ」とも関連しています。14アヤの項目と比較することにより、更に理解が深まるのではないかとの思いです。何度も同じような内容になりますが、またお付き合い頂ければと思います。

 

(世継ぎを祈る祝詞とは、何でしょう?産み分けもできるのでしょうか・♪)

 

 さて、ちょうど今の季節は「サツキ」の梅雨の季節にあたりますが、季節の巡りと、胎児の成長過程で特に特徴的なのは、やはり「ツユ」梅雨の存在だと思います。不思議なことに、胎児の成長過程にも「ツユ」の時期があるのですね。それも、季節の巡りとほぼ同等の時期にあります。つまり「サツキ」は、梅雨「ツユ」の時期にあたるのですが、この時には水が潤沢にある為、苗がすくすくと育ちます。田圃では水田に田植えをして苗の成長を促します。一方、胎児にとっても「ツユ」溢れる時期にあたりますので、潤って内臓も備わってきて、そこに心も入って来ます。「ヰワタオビ」をするのもこの季節ですね。

 

(「サツキ」は「ツユアフレ」て、田植えの季節ですね♪)

 

 そして、その次の「ミナツキ」は反対に乾燥機になりますが、その時は稲は根からしっかり水を吸い上げることが出来るようになりますし、胎児の場合はへその緒に血液が流れるようになり、母の血液から栄養を得ることができるようになります。・・・この不思議な一致が、「縄文の自然哲学」として深く考えられていたところなのでしょう。

 

 では、14アヤの「ハラミ」の項目もアマテルカミによる解説で、月を追って順に見ていきたいと思います。アマテルカミさまが触れられているのは、このアヤでは胎児の胎内での回転だけですね。

 

[1ヶ月目]〜[2ヶ月目]

 

「トツギから始まります。男性の「ウルナミ」(=タネを宿すナミ)が女性の「タマシマカワ」の女性の「チ」と一緒になって「シラホネ」を孕みます。父の「ナミ」は、母の「アカチ」とちなみあって昼は「チ」が上に、夜は「ナミ」が上に昇って日と月の様に一巡りします。その次の日は二巡り、また次の日は三巡りと月に30回の巡りを増して、やっと64日目に巡りが満ちて、全て合わせると1080回巡り、やっと「ミドリコ」の形が備わります。

 

※「タマシマカワ」に「シラホネ」を孕む所を図説したかったのですが、どうにも絵が描けません。イメージがあって述べられているのだと思いますが、残念ながら良い絵が浮かんできませんでした。

 

※1日目から64日目まで合計して1080回になると言っていますが、これも前回の計算通りに2080となるような気がします。

 

1日目:1回転』

2日目:2回転

3日目:3回転

     〜

30日目:30回転

64日目:64回転(巡りが満ちる)

1日目〜64日目までの回転数の合計:1080回

 

※総回転数の計算式は、(64+1)x64/2=2080 

となりますので、この数字は16アヤの記述の時と同様に疑問箇所です。

 

「チナミ」の赤い「オノコロのヱナ」というのは、あたかも「カワクルマ」水車のような形をしていますが、それがへその緒となりますが、「ミハシラ」であるミドリコが、程良く重くなってきて今度は巡りが減ってきます。日に一回転遅れて減ります。

 

[3ヶ月目]:

(ヤヨヰ)になると、39回転になり、この時は花を添えましょう。(焦りは禁物です。折しも花見の季節なので、ゆっくりして楽しむことに致しましょう。)

 

※4月は桜や桃の花見の季節ですが、この行事は「ヤヨイサム」という諌めから来ていると思われます。いよいよ良い季節になって、仕事にと張り切る気持ちは抑えて。かえってお花見でもして、一休みするような習慣つけが、縄文哲学から来ているような気がします。

つまり、日本人が譲り合うという精神を持っているのは、我先にという気持ちを抑える哲学が、縄文時代から徹底していたからではないでしょうか。

 

[4ヶ月目]:

(フツキ)になると、回転もいよいよ減ってきて、ミドリコの身が充実してきます。

 

[5ヶ月目]:

(サツキ)になると、回転が収まる頃で、元の1日に1回転に戻ります。

・「サッサハラオビ」をします。それは、「ヰクラムワタ」つまり心と内臓が備わってくるからそれを守る為です。

・心が備わるには、天の川を通ってくる天の「ホ」と両親の「ホ」とが、「メ」を招いて入ってきます。

・6つの「チナミ」の「ツユ」が溢れてきます。

 

[6ヶ月目]:

ミナツキ)になると、乾燥してきてへその緒へ血液が通って胎内の子供を育てるようになります。血液を融合して、5種類の成分で胎児の肉体が出来つつあります。

 

[7ヶ月目]:「フヅキクラムラ」

(フヅキ)になると、「クラムラ」つまり、内臓が備わって働き出します。そして、「ムラ」(性別)も分かるようになります。

 

[8ヶ月目]:「ハヅキワタ」

(ハヅキ)になると、体の各部位が出来上がります。

 

[9ヶ月目]:

(ナカツキ)になると、見た目が出来上がり、「シムソヨべ」つまり、身体の完成があと一歩まで来ます。

 

[10ヶ月目]:「ソナワリテ」

全て備わりました。

 

[11ヶ月目]:記述なし

 

[12ヶ月目]:

「ヱナ」を脱いで生まれます。

 

 以上です。この14アヤでのハラミに関する記述は、16アヤに比べると簡単な記述ですので、更に詳しく分かるということはありませんが、同じアマテルカミからのお教えなので、内容的には殆ど同じですね。また、胎児の成長と稲の生育に関しては、似ていますが、稲の方は種まきは「ヤヨイ」くらいで刈り取りは「ナカツキ」くらいになりますので、始まりと終わりのタイミングは、やはり少し違いがあります。

 

(早乙女さん達による御田植祭は、これから農作業をはじめる元気の元にもなったことでしょう♪)

 

 やはり気付くところは、10ヶ月目「ソナワリテ」という表現ですね。全て備わって生まれてくるのかと思いきや、11ヶ月目でまたしても記述がなくて、12ヶ月目に生まれてくるというところは16アヤと同じです。しかし、女の子でしたら10ヶ月目には生まれてくると16アヤに記述がありますので、何故に男の子の場合は11ヶ月目の記述を飛ばして、12ヶ月で生まれることにするのか?と思うところです。何か表向きには言えないけれど、暗黙のうちに皆が分かっている事情があるのかも知れません。(長孕みの理由もこの辺にありそうで、引き続き考えてみたいところです。)

 しかし、12ヶ月目の「シワス」で全て成し和して生まれてくると考えますと、年の巡りにもぴったりと合って、自然の巡りと胎児の成長を関連して考えやすくもありますね。

 

 いくつか分からないところはありますが、縄文時代からの科学的な分析力にはいつも驚かされます。また、遊びや行事をうまく利用して、失敗や争いごとを避ける考え方・知恵も感じられます。日本の古代は、みんなが幸せに暮らす為の知恵が深かったですね!

 

追伸です:

男女の産み分けの方法が、アマテルカミから御教示くださっていました。

そのことの方が、14アヤでは大切だったと思いますので、これについても書かせて頂きたいと思います。男の子の世継ぎが大切ですものね。

 

男の子が欲しい場合:「アクリ」をしなさい。

 

「アクリ」とは、朝日の「ウル」を身に受けて、その目に見えない陽の「タネ」が女性の子宮にあれば、「ヨルナミ」(冷たいナミ)と一緒に巡っても「ヲ」(暖かさ)が先に「メ」(冷たさ)を包むので「メ」の動きが狭められて、遂に「ヲ」の穂末が馳せ出でて男の子が出来始めます。このことを言います。

 

(男の子が欲しい場合は、「アクリ」をしましょう)

 

女の子の場合:

 

女の子が生まれる場合は、先に月が宿って、後で陽を招きます。「メ」(冷たさ)が早くて「ヲ」(暖かさ)が包まれて「シヂ」が成り立ちません。「ヲ」は「タマシマ」の角に入れさせて貰うのみです。これが、「メ」の子が生まれる初めになります。男の子が欲しかったら、「アクリ」をしなさい。陽の分け身である、私が身をもって得させてあげましょう。「アマテルクニハ ワガミタマ アルトシルベシ」(太陽の照らす国には、私の「ミタマ」があると思ってください。)

 

 「アクリ」というのは、朝の太陽を浴びてお腹を暖めてから、子を宿しなさいということのようです。そうすれば、「ヲ」が「メ」を包むので、「ヲ」が優勢になって男の子が生まれるという事だと思います。これは、陽の輪分け身の「アマテルカミ」さまが責任を持って言っておられるので、間違いがないということです。

 実際のところは、三十人のお子さんを男の子と女の子を半々に産み分けた、コモリさんに聞いてみたいところです。

 

 この後は、アマテルカミさまの世継ぎを祈る「ノト」も続きます。

カスガワカヒコさんが「アマノコヤネ」の褒めなを頂き、

ヤスヒコさんが「カツテカミ」の褒め名を頂いたのも、この時でしたね。

 

それも大切なのですが、私が感動しましたのは、この言葉です。

「アマテルクニハ ワガミタマ アルトシルベシ」

現在も天照国にいる私たちは、今もこれからもずっと「アマテルカミ」に守られているという事ですね。この言葉は、是非とも復活させたい言葉だと私は思います。o(^▽^)o

 

 

追伸の追伸です:

 

神宮に斎王黒田清子さまのお姿がありました。お知り合いの方が写メを送って下さいました。凛々しい斎王さんのお姿に、感動いたしますね。そして、夫婦岩の写真は早朝の4時半に撮影されたものらしいです。驚くべきことに、夫婦岩のお注連縄の真ん中あたり上に、富士山が写っています。よく撮れましたね、ベストショットですね!

 

(斎王の黒田清子さま:神宮にて「風日祈宮」の立て札の辺りで。)

 

(夫婦岩:早朝4時半ころ。富士山がお注連縄の上に写っています!)

 

今日のお話は以上です。

 

周辺研究の成果もスゴイ!6月の「ヲシテ講習会」

  • 2019.06.16 Sunday
  • 13:30

 

6月の京都「ヲシテ講習会は、旧暦の皐月ということもあって、流石に天気予報は一日中雨の講習会でした。ところが、講習会の間は、降りそうでも降らなくて、会を終わってみなさんで喫茶店に入ったら、その直後に「ナルカミ」(雷)を伴う土砂降りになり、帰りを心配していましたら約2時間も話をしているうちに雨も止んで、結局傘も使わずに帰ってこれました。運の良い時は、こんなものですね。o(^▽^)o

 

講習会の前には、京都御所の一般公開へも行ってきました。今回は紫宸殿の前の左近の桜と右近の橘の冬囲いも外されていて、そのまま見ることができました。紫宸殿の方から右側の右近桜は政治の状態を示します。また、左側の左近桜は皇室の夫婦仲を示します。皆様には、どうみえるでしょうか?私は、そのままの状態を反映している様に見えました。つまり、政治的には困難な状況ですが、天皇皇后両陛下におかれましては、お健やかでいらっしゃるということです。

 

 

(紫宸殿の正面から:冬囲いが外された左近の桜と右近の橘です)

 

(右近の橘は、政治の状態を表しています。小さくなって下へ垂れ下がっているように見えます)

 

(左近の桜は、皇室の夫婦仲を示します。元気一杯に伸び伸びとしている様に見えました。)

 

さて、今回は勉強会仲間の女性の方達に、良い研究成果を聞かせて頂けました。研究と言っても「ヲシテ文献」の理解を助ける周辺の研究についてですが、周りから固めるということもとても大切になってくると思います。今回聞かせていただいたのは、

 Nさんからは『日蔭の蔓(かずら)のお話』

 Yさんからは『立体モトアケの話』『和算が縄文時代からあったのではないか?という話』『かにばばの話』の3つです。

どの話も「ヲシテ時代」の理解のためには、とっても役立ちそうな気が致しました。

 

『日蔭の蔓のお話』は、この様なお話でした。

日蔭蔓(ひかげのかずら)は、別名「カミダスキ」と言って、神様のたすきにも使われました。どういうことかと言うと「アメノウズメ」さんがこの「日蔭蔓」をたすき掛けして踊ったという話もあったからです。胞子の白い粉は肌荒れに良いので、荒れた肌にまぶしたら肌が綺麗に治ります。そして、日蔭蔓は柔らかくて肌触りも良いので、編んで山仕事の際の下着にも使われていたそうです。また防腐剤としての用途もあり、お弁当に入れておくと腐らないと重宝されていました。

 

ノートの写メを一部撮らせていただきましたので、帰ってから読んでみると、更に詳しく書いてありました。

・古代から生気が宿った清浄なものとして、祭祀のときに髪飾りや神事を司る場合の人の襷(たすき)に使われた。

・「古事記」「万葉集」に記述のある天岩屋戸(あめのいわやと)に隠れた天照大神の前でヒカゲカズラの茎を襷にして、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が舞を舞った。

・上賀茂神社では、正月初卯の日に卯杖(うづえ)を奉る神事で使われる。

・玄関や神棚に飾っておくと役を除けてくれる。

・伏見稲荷大社で毎年1月5日に行われる大山祭では、祭礼のあと宮司と参る者がヒカゲノカズラを首にかけて稲荷山中の八代を巡る。

・石松子(胞子)皮膚のただれいん幹部に塗布する肌の保護、かゆみ、あれを緩和。

・薬の製丸剤として(球形に仕上がる)

・爆発的に発火するため花火の原料

・りんごやなしの受粉の際の花粉を増量させるのに使われる。

 

(日蔭蔓です。この穂から胞子が出るのですね。)

 

(上賀茂神社の厄除けの「卯杖」)

 

日蔭蔓(ひかげのかずら)には、ドンダケ沢山の良い事尽くしなんや!と思うほどの素晴らしい用途・効能があることが分かります。

これだけ身近にあって、重用されていたとなれば、ニニキネさんがトヨタマヒメを説得の際に、葵と蔓(日蔭蔓)を手に提げて、トヨタマヒメの前にお出ましになられた理由が分かります。

 

ホ26ー27

アクルトシ オオヱスヘラキ

ワケツチノ アオヒカツラ

ソテニカケ ミヤニイタレハ

ヒメムカフ トキニハオモチ

コレイカン

 

アクルトシ   =翌年に、

オオヱスヘラキ =上皇になられた

ワケツチノ   =「ワケツチカミ」のニニキネさまは、

アオヒカツラオ =葵(あおい)日蔭蔓(ひかげかずら)

ソテニカケ   =袖に掛けて

ミヤニニタレハ =(トヨタマヒメが脚を留めている)キフネの宮に御入りになった時には、

ヒメムカフ   =(さすがに)トヨタマヒメが自ら御出迎いなさいました。

トキニハオモチ =その時に、ニニキネさまは葵の葉を持って、

コレイカン   =「これはなんですか?」と問いました。

 

この後、トヨタマヒメの応答がつづきますが、

ニニキネ様がトヨタマヒメに言いたかった事を関西弁で言うならば、こんな感じではないでしょうか。

 

「ホオデミが葵(あおい)やとしたら、あんたは蔓(かずら)やろ!蔓(かずら)の役割は何か分かっとるな!・・蔓(かずら)はタスキや!人の気を助けるんや。

白い胞子は、傷口を治すんや。蔓(かずら)の様に、柔らかく人を包むのがあんたの役目とちゃんうんかいな。

また、元の元気なあんたに戻って、日に向かって小さなハート型の葉を広げている葵(あおい)葉のホオデミを優しく包んでくれへんやろか?!」

 

トヨタマヒメは、もちろん葵の葉と日蔭蔓をみただけで、ハッと気づいたのかもしれません。でも、拗ねてしまっていますからね!直ぐに「わかりました」とは、言えなかったと思います。でも、後で葵葉と日蔭蔓を思い浮かべてみると、ニニキネさまのお気持ちが、心に染みたことでしょう。

 

ホ26−50

トキニヒメ カエシハアオヒ

キミカツラ カミニツツミテ

ミヒキクサ フハコニヲサメ

タテマツル

 

トキニヒメ   =その時(お返事の時)にトヨタマヒメは、

カエシハアオヒ =お返しとして「アオ・ヒ」(素直な心)を返しました。

キミカツラ   =葵の葉の君と、日蔭蔓のヒメを一緒に

カミニツツミテ =(白い胞子で癒す様な)白い紙に包んで、

ミヒキクサ   =「私は身を引き上げます」という印にしました。

フハコニヲサメ =これを返歌の文の箱に収めて

タテマツル   =君に奉りました。

 

白い胞子で傷口を包む蔓(かずら)のように、白い紙で葵葉と蔓を包んで、オッケーサインの「アオ・ヒ」(素直な元どおりの心)をお返事として返したと言うことですね。

 

この文の箱に収めた返歌が、またストレートで素晴らしいです。

 

ホ26−51

      キミミツカラニ

ユヒオトキ ソノウタヨメハ

オキツトリ カモオヲサムル

キミナラテ ヨノコトコトモ

ヱヤハフセガン

 

キミミツカラニ =ホオデミの君は自らに

ユヒオトキ   =文の箱の結びを解いて

ソノウタヨメハ =返歌を読めば、こう書いてありました。

オキツトリ   =「トリ」である天皇のあなたを置きっ放しにしてごめんなさい。

カモオヲサムル =「カ・モ」(上の事から下の事まで)上(カミ)である政治の事も、

           下(シモ)である民のことも、見事にヲサメておられる

キミナラテ   =君であるあなたなら、

ヨノコトコトモ =これからの(あなたの)御世に起こる事ごとも、

ヱヤハフセガン =どうして防げないことがあるでしょう。きっどんな事も防げます。

         (・・・この私が、お守り申し上げます)

 

この返歌の意味は、既にトヨタマヒメが、ツクシ(九州)にいたころの思いやりの深いヒメに戻って、君である自分を気遣ってくれる存在に変わっているということですね!

長い間辛くて心細くて、ひとりで大嘗祭もこなしてきたホオデミさんとしては、これはもう、大粒のナンダ(涙)を流すしかありませんね。

 

ホ26−51

コノウタオ ミタヒニナンタ

オチカカル ヒサノアオヒ

モニシミテ

 

このくだりは、以前のブログでも触れていると思いますが、何度読んでも感動しますので、また書いてしまいました。(T ^ T)

 

それにしましても、こんな深い意味までも、「日蔭の蔓」(ひかげのかずら)の意味を調べて下さったことで、分かってくるのですね。本当に、素晴らしいお仲間のお陰です。

 

(葵の葉の形:ハート型の中の隙間も小さいハート型です)

 

因みに、葵の葉についても少し特徴を調べて見ました。葵の特徴としては最初に目に付くところはハート形の葉ということですね。そしてその、葉の元の隙間の形もハート形をしています。ハートってつまり「ナカゴ」(=心臓)であって心とか国家に例えるなら「キミ」(=君)の事を指します。特に葵の葉は大きなハート形を民の心とすれば、民の真ん中のハートは君という関係に見えます。ですから、君を葵に例えてあるような気がいたしますね。

そして、驚いたことに(というか、知っていれば当たり前のことでしょうが・・)葵の花は、葉の下で小さく下を向いて咲くのですね!民に心を配る象徴のようです。

 

(葵の花:下の方に、赤い花があるのがわかりますか?)

 

さて、Yさんはいっぱいお話して下さいますので、三つの事を聞かせて頂いたような気がします。

 

1つ目は、『立体モトアケ』について:

「『フトマニの図』を絵に描いて売っている人がいるけど、本当は平面やなしに立体やと思うんよ。だから私は透明のテープみたいなのを使って地球儀みたいにして、「トホカミヱヒタメ」や「アイフヘモヲスシ」や「ミソフカミ」を作って見たの。でも、上手くいかんの」という様な話をされていたと思います。・・・立体モトアケだったのですね。

 

2つ目は、『和算』の話:

「山から水を引く時に、距離やら面積やら計算するやんかー。その時に見るだけで一発で分かる方法があるの!丸やら三角やら四角やらを組み合わせて、それで直感的に分かるっていう、『和算』って関孝和て言う人が有名なんやけど、それってずっと昔からあったみたいなんよ。・・だから、私ではよー分からんから、あんた調べてみて。」

この話については、『和算』って、江戸時代に既にあった日本の数学なんですけれど、それが縄文時代から既にその基礎があったという事も分かるかも知れないと、少し調べてみたい気にもなりました。

 

3つ目は、『かにばば』の話:

「赤ちゃんて生まれてきた時に、手を握ってるやんかー。その手の中に「マクリ」や「フキ」を握らせてやるの。「マクリ」で「カニ」を治したって『ホツマツタヱ』に書いてあるでしょ。だから、「マクリ」って昔から今もずっとあるの。『かにばば』っていうのは、赤ちゃんってお母さんの体から悪い物も貰ってくるから、それを24時間以内にウンチにして出してやらないといけないのよ。それが『かにばば』っていうの。よく、最初の子は流産や死産になるってあるでしょ。あれは、お母さんの「ヲヱ」を自分の身に引き受けて生まれてくるんで、そうなる事が多いのよ。イサナミさんの時もそうやったけど・・・」

私は、初産の子がよく流産になる理由についての話を聞いていて、もうそれだけで、涙が溢れそうでした。初めてお腹に宿した子が流産になって泣いていた、若いお母さんの涙が目蓋に浮かびます。(;_;)赤ちゃんって本当に天使ですね!

そして、「カニ」というのは、赤ちゃんが生まれてくる時の事なんですね。「マクリ」という薬草は、根っこを干して丸めた様なので、少なくとも弥生時代には使われていたという事も分かりますね。

 

ホ26ー11

イマミコノ  カニツワハケハ

ココモアリ  スセリミヤヨリ

ミユススメ  マクリトトモニ

カニオタス 

 

今回は、女性のお仲間からのお話が、とても感動的な学びになりました。三人寄れば文殊の知恵と言いますけれど、力を合わせると学習も進みありがたいお仲間です。これは「トノヲシヱ」でもありますね。

 

講習会の内容は、27アヤ「ミヲヤカミフナタマノアヤ」の前半でした。

このアヤは、後半からが面白くなりますね。今回は面白くなる前の準備段階という事で、複雑な人事の説明などのある箇所でした。来月の後半は、いよいよタマヨリヒメやウツロイさんもご登場でめっちゃ盛り上がりますよ!この内容は、また後程改めてということで。

 

(今月の掛け軸は、「チホヤマニスミ」でした。)

 

池田先生の今月のお菓子は、「桑の実」のジャムと「桑の実ゼリー」でした。特に「桑の実ゼリー」は味付けも美味しくて、上等のデザートでした。桑の実は『ミカサフミ 』に「イチコ」として用例があり、長生きの食べ物なのですね。いつも美味しいお菓子を作ってくださる奥様と先生に感謝です。

 

ミ4-5(11186)

クワノネモ ツキハソフタヒ

ホシニアイ ナルソフツキハ

ソフホスヱ ムカシアマカミ

ネオハミテ ミノシシメクリ

サメマタク イチコオハミテ

ウルホエハ ナガラヒヨヨニ

タノシミテ 

 

では、今月もとても楽しく実りのある京都「ヲシテ講習会」をありがとうございました。また、来月が楽しみです。

今日のお話は、以上です。

 

 

 

「ミケ」とは、美味しい糖質なのか?

  • 2019.06.14 Friday
  • 23:02

 

「サツキ」(旧暦の5月)は、雨の多い月でお花も多くなりますね。我が家の庭にも皐(さつき)の花が咲きました。よく見ると、色んな色があるものですね。ピンクっぽい赤に、オレンジっぽい赤、そして白と。写真を撮りましたら丁度、蜜蜂が花の蜜を吸いに来ていました。美味しい蜂蜜ができますね。

 

(ピンク系の色の皐です。蜜蜂が来ていました。)

 

(オレンジ色がかった皐です。色の種類がありますね。)

 

(こちらは、白い皐とピンクの皐ですね。)

 

序でに、庭の畑には茄子や胡瓜も生り始めました。野菜は家で作った方が美味しいですね。

 

(茄子は家庭菜園の中でも定番ですね。旬の茄子は、柔らかくて美味しいです!)

 

今年は梅も漬けることが出来ました。梅漬けがしたいと思ってましたら、親戚の村瀬農園さんから梅を届けてもらえました。

柿農園をしてみえるので、柿の蜂蜜もいただけました。これは、ほんのり柿の味がする珍しい蜂蜜です。

 

(柿の蜂蜜:見た目は同じですが、まろやかな柿の味がします。)

 

さて、前置きが長くなりましたが、今日のテーマは『ホツマツタヱ』における糖質制限のお話です。

 

これは、私だけかも知れませんが、『ホツマツタヱ』の1アヤに「ミケの話が出て来ているのですが、「ミケ」って何のことを指すのかな?と思っていました。とにかく、『ホツマツタヱ』には分からない言葉がどんどん出て来まして、「ミケ」というのも食事の事なのでしょうけれど、どんな食事を「ミケ」と言っていたのか?それが疑問でした。1アヤにはこう書いてあります。

 

ホ1−8

      カマニカシクハ

ヒカシラヤ ニエハナミナミ

ニヱシツム ヱカヒトタビノ

ミケハコレ フルトシフヨリ

ツキミケノ ヒトハモヨロニ

ツキムケノ ヒトハフソヨロ

イマノヨハ タダフヨロトシ

イキナルル ミケカサナレバ

ヨワヒナシ ユエニヲンカミ

ツキニミケ ニカキハホナヤ

 

カマニカシクハ =釜に炊ぐのは、

ヒカシラヤ   =火かしら(東)と言います。

ニエハナミナミ =煮え初めは皆が見る(南)です。

ニヱシツム   =煮えしずむのは(西)です。

ヱカヒトタビノ =「ヱ」の日に月一度の

ミケハコレ   =「ミケ」は、これです。

フルトシフヨリ =その昔に、(「ミケ」が)月に2回になって、

ツキミケノ   =その次は、(「ミケ」が)月に3回になって、

ヒトハモヨロニ =(その頃は、)人の寿命は、百万年だったのが、

ツキムケノ   =(「ミケ」が)月に6回になった時代には、

ヒトハフソヨロ =人の寿命は、20万年になってしまいました。

イマノヨハ   =今の世では、

タダフヨロトシ =たったの、2万年しか

イキナルル   =生きられません。

ミケカサナレバ =「ミケ」が重なれば、

ヨワヒナシ   =寿命が短くなります。

ユエニヲンカミ =故に、アマテルカミさまは、

ツキニミケ   =月に「ミケ」を3度になさって、

ニカキハホナヤ =苦い「ハホナ」(=長生きの菜)を食べておられます。

 

つまり、「ミケ」

月に回の時代は100万年の寿命

月に回の時代は20万年の寿命

今は(たぶん毎日でも)2万年の寿命

と、嘆いているわけですね。

 

私は、「ミケ」とは、どんなご馳走を食べていたのか?と思っていましたところ、今回読み直しましたら、何と!話の流れからしますと、ご飯を炊いて食べる話をしていて、その流れで「ヱカヒトタビノ ミケハコレ」と言っていますので、「ミケ」とはこの場合お米のご飯のことですね!気がつきませんでした。(他のみなさんは、気がついていたと思います)

 

という事で、この事を考えてみますと、やはり糖質を摂るようになったら、寿命が短くなったというお話が何と!『ホツマツタヱ』の1アヤのそれも、『キツノナト ホムシサルアヤ』の内容に入る前に書いてあるということではありませんか!!

 

これは、池田先生がいつも言っておられる糖質制限(糖質置き換え)のお話そのものですね。

「ヱカヒトタビ」というのは、「ヱ」の日ですから月に一度のお祭りの集まりの日にでも皆でお米を炊いて食べた事でしょうね。

きっと、ご飯は上質の糖質だから美味しいので、漬物や汁と一緒にご飯をたらふく食べたのでしょう。それが月に一度の催事だけなら良かったでしょうが、お米が沢山取れるようになり月に2度になり、3度になり6度になったら目に見えて寿命が短くなった。100万年が20万年に、そして、その当時の現代では、たぶん殆ど毎日食べられるようになって、たったの2万年の寿命だと言う事です。勿論マサカキ暦ですから、よく分からないのですが、それにしても短くなったものだという嘆きが冒頭の冒頭に書かれている、そして糖質制限をするようにとの提案がなされているということは、「キツサネ」東西南北の意味以上に大切だったということではないでしょうか。命あっての物種ですからね!

 

アマテルカミは、「ニガキハホナ」(=チヨミクサ)きっと、現代なら青汁の特別に苦くて効く奴を飲んでおられたと考えれば良いのではないか?と思います。長生きするには、縄文時代も現代も同じですね。

 

お米を食べるようになったのは、木の実や魚などの自然の食物だけでは足りなくなって、比較的安定して取れて保存が効いて美味しいもの、つまりお米の栽培に頼るようになったからですね。安定して毎日お米が食べられることは良いことですが、人間の体は飢餓には対応できるようになっているけれど、毎日の満腹状態、カロリーの摂り過ぎには対応できるようになっていない。生活習慣病に罹るようになる、それが問題でしたね。

 

縄文時代にも太っている人はいましたようですね。「ソラコエ」という言葉が15アヤに出ています。

 

ホ15−32

シシハメハ シシコリチチミ

ソラコエテ ミノアフラヘリ

ケモカレテ ヤカテマカルソ

 

シシハメハ   =猪の肉ばかりを食べていると

シシコリチチミ =自分の筋肉が小さくなって(体脂肪が増え)

ソラコエテ   =無駄太りします。

ミノアフラヘリ =体内の油(消化・代謝酵素か?)が減り、

ケモカレテ   =気力・精力も枯れて、

ヤカテマカルソ =やがて死にますぞ!

 

このように「ソラコエ」というのは、特に猪の肉とお米の糖質を食べていると太るということですね。そして、身の油減るというのは、現代で言えば消化や代謝に使う酵素のことを言っているような気がします。現代でこそやっと大切だと言われている、消化と代謝に関する体内酵素についても、既に縄文時代に考慮されていたということでしょうか。凄いですね!

 

アマテルカミは、お米のご飯を食べる日は、月に3回。そして、その他の日はそれ以前からの、魚や豆や菜っ葉を食べられていたのでしょうね。そして、毎日の日課として苦い「ハホナ(チヨミクサ)」を食べておられた。ジューサーがなかったから、我慢して食べておられたのでしょうか。まあ、長生きの食事法は、現代とても同じことと思えます。

 

(今年は梅がもらえましたので、5キロの梅漬けを作りました。こちらは現代の健康長寿の工夫ですね♪)

 

 

心も前向きに「希望」を持って、健康にも気をつけて、長生きの楽しい人生を歩みたいものですね。o(^▽^)o

それにしても、『ホツマツタヱ』の1アヤのそれも冒頭に、糖質制限に関する戒めが出ているとは、全く驚きでした。

国民の健康長寿は、アマカミの一番の願いなのですね。

 

今日のお話は以上です。また、ご意見や感想などございましたらよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

気比神宮:「ケヒ」の意味について

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 00:59

 

気比神宮(けひじんぐう)は、『ホツマツタヱ』に出逢う前から知っていましたので、何度か参拝に行った事もありました。古事記でも出てきていまして、気比の浜は又特に変な話になっていましたので不思議に思っていました。

それはさておきまして、初めて気比神宮へ参拝に寄らせて頂いた時には、大変立派な大鳥居と大灯篭には驚きました。如何にも格式の高い神社だと言うことが、鳥居を見ただけでわかりました。神宮と名が付くのですから、そうですよね。

さて、ずっと気になっていましたのは、気比(けひ)という名前です。「ケヒ」って変な名前ですよね。どういう意味なの?と言うことです。

 

(2015年10月3日の写真です。まだ、鳥居の塗り直しが出来てない頃でした。)

 

それが、『ホツマツタヱ』に出逢ったら書いてありました。

 

ホ27ー24

オモムロオ     イササワケミヤ

ケヰノカミ     ユエハヲキナニ

ケヰオエテ     メクリヒラケル

チオエタリ     カトテノケヰ

 

この意味は、

オホデミさんが亡くなられて、イササワケミヤに「ケヰのカミ」として祀られたということですね。その理由は、シホツツノヲチに「ケヰ」を得て、巡って開ける「チ」を得たから。門出(出世)の「ケヰ」ですよ!ということですね。

 

そこまでは解るのですが、その中の「ケヰ」という言葉の意味がさっぱり分かりませんでした。内容的に言いますと、つまり「キッカケ」であり「シホツツさんのヒント」であり、「助け」を得たということですね。それら一連の「助けられた過程」の事ですね。そんなわけで、「ケヰ」という言葉が「経緯」という漢語に似ているからか?「経緯」でも説明できてしまうので、つまりそう言う事だろうとは思っていました。しかし、漢語ですからヤマトコトハとは違います。何かしっくり来なかったので、ずっと考えていたのですね。

 

(御祭神の気比大神は「イササワケノミコト」になっています。)

 

そこをまた、今回は考え直してみたという事です。今回は、ヲシテの文字通りに素直に考えて見ました。「ケ」というのは、食事のことですね。そして「ヰ」というのは、住居であり生活の事だと思います。つまり「食事と住居」を得たという意味になりますね。

 

ここで思いましたのは、「え??天皇の子であるホオデミさんが、食事も住居も天皇である親から与えられていなくて、お世話になっていたの??」ということです。てっきり立派な住居も世話人たちも与えられて、若狭の地へ出されていたのかと思っていました。シホツツノヲチに、まるきり世話になっていたのですね。・・・天皇家の生活って、そんなものだったのですね。

 

また、食事と住居のお世話になると言いますと、思い付きましたのは、「一宿一飯の恩義」という言葉任侠映画の世界です。渡世人が旅の途中で世話になる一家には、争いごとがあれば理由の如何を問わず、命を懸けての助太刀も辞さないという義理人情の世界があります。たった一晩泊めてもらっただけで・・とは思いますが、旅人を宿の親分と一家が命がけで守るという事の裏返しであり、守り守られるという関係性を示しているのだと思います。

 

ホオデミさんがシホツツノヲチに食事も住居も暫くの間、世話になっていたとしたら、それ以上に大きな悩みの解決のために、ハデカミさんへの手回しや船にメナシカタアミと歌札を乗せ手配したりと、全力を挙げての支援をして貰ったと思います。この事を「ケヰオエテ」=食事も宿も世話になって・・)と言っているのかも知れません。

 

28アヤには、こうも書いてあります。

28ー29

ウツキネハ     ツクシニイタリ

タオコヤス     ヲヤニツカフル

タミオメヂ     ソヤヨロヲサメ

モトクニノ     ヒツキオウケテ

アマカミノ     ヲヤニツカフル

キミノナモ     ムソヨロヲサメ

ケヰノカミ     

 

ウツキネ(ホオデミ)さんは、ツクシに行って田圃を肥やしました。親に仕える民を愛でて、18万年そこでヲサメて元の国に帰り、天皇の位になっても親に仕えました。それで、君の名も60万年ヲサメたのちに「ケヰノカミ」と言われる様になりました。と、このような意味ですね。

 

この記述からも、ホオデミさんは親に仕える事を大変に重要視された、謂わば義理堅い人であって、お世話になった恩を忘れない、恩返しに生きたお方だったと言えると思います。しかも、ツクシには糧が豊かに取れるようにと農業改革を全力でされて「食と生活」を支えられたお方です。そう思いますと、シオツツノオチが「食事と宿」の世話をしてくださった事の恩義を忘れないと言う意味と、民の「食料と生活」に大変に貢献してくださった事、この二つの意味が、「ケヰ」という言葉に感じらます。

 

「気比の神」ではなくて、本当は「ケヰノカミ」ですよね。現代流に書き直したらどうなるのでしょう?「御食住吉御恩の神」(みけすみよしごおんのかみ)とでも書き直しましょうか。(笑)

 

(気比神宮の大鳥居:現在は漆塗りがされて更に美しくなっています)

 

それにしましても、「ケヰノカミ」という言葉を通して、ホオデミさまが恩義を大変に大切にされ、民の生活が豊かになる様にと全力でお働きになったことが、伝わって参ります。

現代では象徴天皇とされていますが、古代においては民の豊かさの為に天皇が自らお働きになられた時代があったということ。今では夢物になってしまった世界が、日本に繰り広げられていた事に気付かされます。日本は有難い国でございますね。

 

今日の話は以上です。

また、「気比」の意味についてご意見や感想などがございましたら、コメントを宜しくお願い致します。

 

「ハラミツツシムオビノアヤ」:「ミメクリ」と「イキス」について

  • 2019.06.03 Monday
  • 21:53

 

今日のテーマは、『ホツマツタヱ』の16アヤ「ハラミツツシムオビノアヤ」「ミメクリ」=赤ちゃんのお母さんのお腹の中での回転と、「イキス」=母親の呼吸数についてです。

 

これは、内容的に『ミカサフミ 』の「タカマナルアヤ」の続きのようなものだと思います。何故なら、「タカマナルアヤ」には、アメノミヲヤによる宇宙の開闢とそれに続く国家形成の物語が展開されていたのですが、「ハラミツツシムオビノアヤ」には、胎児が母の体内に宿る過程を12ヶ月に分けて記述されていて、とても似ているからです。「宇宙」「国家」それに「胎児」は、すべてアメノミヲヤの「イキ」によって出来ているものなので、互いに通じるところがあると、感じられますね。

 

(お母さんのお腹の中は、まるで宇宙のようです。)

 

これに関連するお話で、「タカマナルアヤ」に出てきました「サトミソヤナリ」という言葉、つまり  「トメヂ」=38「サト」  と言う関係式の「38」と言う数字が何処から出てきている数字なのか?  そのヒントも見つかるかも知れません。

アメノミヲヤのなす「イキ」(=息)は、胎児の成長「ヒタチ」にも関係しているのでしょうか。

 

今回は12ヶ月に分けて、「ミメクリ」=(「ミタネ」胎児の回転数)と、「イキス」=(母親の1日の呼吸数)の変化の過程を順に調べてみました。

それでは、母胎内での胎児の成長過程を1ヶ月目から順に見て行きましょう。

 

[1ヶ月目]

 

「ミメクリ」について:「ミタネ」胎児の子宮内での回転数

 

1ヶ月目は「トツギウム」から始まります。昼は赤が上に左から昇り、夜は白が上に右から降り、「ミタネ」が回転して成長します。(この様子は月が「アメ」を巡ることによって大きくなる事に似ていますね)

 

そこで、昼と夜が交代で1回転だから、1日に1回転なのかと思いきや、2日目には2回転、3日目には3回転をします。つまり、成長するには日に日に成長速度を早めないと間に合わないので、1日のサイクルがだんだん短くなっていくと言う事なのでしょう。1日1回転ずつ回転数を増して行きます。その間に、「チナミアヒ」(メ・ヲの融合)の強弱はあります。1ヶ月を過ぎた頃の31日〜33日目は回転数は増え続けますが、「チナミアヒ」は緩みます。

 

「ミメクリ」(回転数)

 

1日目  →  1回転

2日目  →  2回転

 

30日目 →  30回転

31日目〜33日目  →  33回転まで(この三日間は「チナミアヒ」が緩みます)

 

(ミメクリの図:陰陽図の様に上下が右回りにぐるぐる回転します。)

 

 

「イキス」について:母親の呼吸数の増加

 

一方、母体である母の呼吸数「イキス」に関しては、どの様な変化があるかと言いますと、こちらも又、日に日に増加して来ます。これは、お腹の赤ちゃんの分まで呼吸をすると言う事になりますから、当然のことだと考えられます。そこで、この増加する呼吸数ですが、基本となる平均の数字が男の子の場合女の子の場合では異なります。面白いですね。

 

母の呼吸数の増加:

[男児の場合]13680回

[女児の場合]13186回

※男女児の差は、494回あります。

この理由は、男児の方がお腹の中でも活発に動くからでしょうか。

 

「イキス」:(母の呼吸数の増加)

(※この場合は、男児ということになります)

 

1日目:360回

2日目:720回

3日目:1080回

   〜

30日目:10800回

38日目:13680回(増加数が留まる)

 

元の数(母の呼吸数)と増加した呼吸数を足すと、26846になります。(記述)

実際に計算してみますと、

(13186)回?+13680回=26866回  (※20回の差が出ます) 

※ここで疑問は、母の元の呼吸数を女児の増加数と同じの「13186」として良いのかどうか?

あるいは、母の元の呼吸数は逆算して、

26846ー13680=「13166」なのかどうか?と言うことです。

 

この疑問については、「タカマナルアヤ」で男性の呼吸数が13680と考えられる記述がありましたので、女性の呼吸数も女児の場合の増加分と同じ「13186」と考えても良いように思いました。そうなると、単純に計算間違いなのか?ここは疑問の箇所です。

(又、成人の男性の呼吸数は、女性の呼吸数よりも少ないはずなのですが、男性は肉体労働をしますので、平均呼吸数が上がると考えると良いのかとも思われます。)

 

何れにしましても、着床しますと母の呼吸数は1日に360回ずつ増えて行き、38日目に最高点に達し、男児なら13680回増えて、その呼吸数を出産時まで維持する事になります。

(※この38日目という数字が、前回までの疑問の数字でもありました。単純に38日目で呼吸数の増加が止まるから、「トメヂ」は「サトミソヤナリ」なのか? ・・・考えてみますに、「トメヂ」という言葉には、(増加の路:「ヂ」)を(止める:「トメ」)という意味もあるのではないか、と思えますね。)

 

 

[2ヶ月目]

 

「ミメグリ」:胎児の回転数

 

34日〜36日  →  36回転までの3日間は、「チナミアヒ」が走る、「シハサラニキル」

64日 →  64回転(回転数が極まる)

 

ここまでの回転数を全て足すと、1080回転になります。(記述)

この数字も実際に計算してみますと、

(1+64)x64/2=2080 回転  (※1000回の差が出ます)

※ここでの疑問は、単純に計算間違いなのか? 私が意味の読み違いをしているのか?

 

64日目で、回転数が最高数に達し、ここからは胎児に肉が付いて重くなって来ますので、逆に1日1回転ずつ回転数が減って行きます。

 

65日  →  63回転

66日  →  62回転

 

[3ヶ月目]

 

「ミメグリ」:胎児の回転数

 

89日  →  39回転

90日〜92日  →回転数はそのまま減少

      (肉体の成長を3日休む:ミトリハナナリ「ヤヨイサム」)

 

[4ヶ月目]

 

特に数字の記述はありませんので、そのまま回転数は減少する。

        「コノミウルウモツツシミヨ」

 

[5ヶ月目]

 

5ヶ月目には、遂に回転数は増加・減少の後、又元の1日1回転に戻ります。

 

「ミメクリ」:胎児の回転数

127日目  →  1回転(元の数)

 

「イキス」:母の呼吸数は、26846回

 

この状態で、胎児の肉体に「タマ」と「シイ」が「タマノヲ」で結ばれて入りますので、心が活きてツユが溢れてきます。

★「ハラミツシムオビ」である、腹帯はこの五ヶ月目にします。

 

[6ヶ月目]

今度は、ツユが乾いてきて、その代わりに「ホソノヲ」(臍の緒)に血液が流れるようになります。

 

[7ヶ月目]

血液から、五種類の肉体の素材を造り、内臓が働き出します。

 

[8ヶ月目]

8ヶ月目は、「ソミハナリハノハナルトキ」と言う事で、13の身体の部位が完成する時です。

「ハハハウツホネ」「タダハ  ハルノソラネオ  ハニアミテ」

 

[9ヶ月目]:見た目にも肥えて、全て備わってきます。

 

[10ヶ月目]:「クライシ」(これをどう取るか?)

 

「11ヶ月目]:コメントなし

 

[12ヶ月目]:月満ちて産まれる。

 

以上、「ミメクリ」と「イキス」の記述は、5ヶ月目で終わりで「ミメクリ」は127日以降は1日1回転、「イキス」は26846回のまま維持します。

 

また、これは男の子を出産の場合ですので、女の子を出産の場合は呼吸数が違います。途中で「ヒトリヒメ」が「イキス」が足りないと悩むのですが、これは男の子を産むと言う前提で呼吸数を教えてもらっていて、それを正確に計ったのでしょうね!(呼吸を計る担当者がいたのでしょうか?)

1トキ(=現在の2時間)に40回ほど「イキス」(呼吸数)が足りないので、病気ではないかと心配していたのですね。それを聞いたイロセ(旦那様)の「コヤネ」さんはヒメの腹に手を当てて、女の子を孕んだのだのだと言われるわけです。

 

女児を出産の場合の「イキス」(呼吸数)の増加について:

 

女児の場合は、1日の呼吸数の増加は男児よりも少なく「347回」になります。そして、途中で成長を躊躇い一度少し減りまた増え始めるというパターンを取ります。「イキス」の増加が止まる日数も男児が38日であったのに対して、40日と少し伸びます。

 

1日目:347回

   〜

29日目:11063回(記述)

(※計算値は347x29=10063回になり1000回違い、これも疑問箇所です)

30日目:11062回(1つ戻る)

(31日〜33日までの3日間は1日に19回戻ります)

31日目:11043回

32日目:11024回

33日目:11005回

34日目:11004回(この日は、1日に1回減ります)

35日目:11351回(35日より、又1日に347回増えます)

40日目:11351回+(347回x5)=13086

(※この数字も最初の記述の女児の場合、13186回にならないので100回違い、疑問点です)

 

 「モトマシトモニ」:26372回

(※計算は、13186(女性の呼吸数)+13186(女児の場合の呼吸数の増加)=26372

 

男児・女児の呼吸の増加数の違いを計算してみますと、

26846回(男児の場合)ー26372回(女児の場合)=474回

474回/12時=39.5回/時 となりますので、40回ほど一時に足りないと嘆いていた「ヒトリヒメ」の数字と合いますね。

 

以上のことをグラフで描いてみます。

 

(「メクリ」と「イキス」の変化のグラフ:メグリは男女差がありませんが、イキスは男女差があります)

 

 

また、16アヤには月の名も胎児の成長過程から付けられていると思われる記述がありますので、大変に興味深く、月の名の由来を示す言葉も記しておきたいと思います。

 

月の名の由来:

 

1月:ムツキ(「トツギウム」→「ム」の状態から産む月)

2月:キサラギ(「シハサラニキル」→子種の芽生えが進む月)

3月:ヤヨイ(「ヤヨイサム」→これからどんどん良くなる月)

4月:ウツキ(「コノミウルウ」→ 子種が潤ってくる月)

5月:サツキ(「ナリテミツカフ  ツユアフレ」→ 露が溢れる月)

6月:ミナツキ(「カワクユエ」→  露が枯れて、身が成ってくる月)

7月:フミツキ(「クラワタト  アフミナス」→  心と内臓が伴ってくる月)

8月:ハツキ(「ハナルトキ」→  身体の各部が完成する月)

9月:ナカツキ(「ミメコエ  ソナワリテ」→  見た目も肥えて、全て備わる月)

10月:カンナツキ(「クライシ」→  暗(居・意)し、か?  出生を考える月の意か?)

11月:シモツキ(no comment  →  繋ぎの月の意か?)

12月:シワス(「ツキミチテウマル」→  産まれて、一連の過程が終わる月)

 

上記の記述から、やはり一番不思議なのは10月カンナツキの「クライシ」という言葉ではないかと思います。11月が触れられていないという事も気になります。この後の記述で女児が10ヶ月で産まれて、男児が12ヶ月で産まれるという男女の違いも、不思議なところです。男児の場合は、産後に亡くなる場合も多いので、それを考慮して12ヶ月目まで出生届を出す猶予を設けるという慣わしがあったのか、又は何年も後に出生届を出すという事もあったのか? 疑問が残るところではあります。

 

もう一つ気がつくことは、月の名前は稲の成長・農作業とも関連しているという事です。胎児の成長と稲の成長を月の名にして示しているように思います。

 

以上、16アヤの考察から、「トメヂ」=38「サト」となる理由を探してみましたが、日々の「イキ」呼吸数の増加が360回なのですが、38日目で「トメ」(止め)の数字になり増加数13680「イキ」(=回)で留まるところに、「38」の数字の由来がとりあえずは考えられました。

「38」=(ミヤ:宮)という意味があるのではないか?とも最初は考えましたが、女児の場合は40日ですので、必ずしも38が「ミヤ:宮」を意味しているわけではないようです。

 

また、面白く思った事は、アメノミヲヤの「イキ」の数と成人男性の「イキ」の数、そして男児の場合の「イキ」の増加数も「ヨロミチムヤソ」(=13680)で同じだという事です。「アメノミヲヤ」はやはり男性だからですね。天皇が男系でなければならない理由とも関係しているように感じます。

 

 

今日のお話は以上です。

また、計算間違いなど気がついた事がございましたら、コメントを是非よろしくお願いいたします。

 

追記です:(「令和」の天皇皇后両陛下が愛知へ来られました。)

 

(岡崎市の沿道を通られる「天皇皇后両陛下」のお車の写真:ナイスショット!ですね。)

 

岡崎の友人が岡崎市を通られた「天皇皇后両陛下」のお車への旗振りに沿道へ行って、写メを送ってくれました。この写真は奥様が撮られたのだそううです。見事なベストショットが撮れたものですね! 友人も、お車が前を通られたら目の前がパッと明るくなったとコメントしていました。私は、雅子さまが笑顔で手を振っておられる姿を見ると、何故か、涙が溢れてきて仕方がないです。

 

 

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