『ヱツハウツユフ マサキクニ』の解釈について:

  • 2020.02.25 Tuesday
  • 15:16

 

 今日のテーマは、31アヤの2つのキーワードについてです。

このアヤでは、「カンヤマトイハワレヒコ」(神武天皇)さんが政庁を開かれてから31年、世の中も安定し神武天皇の充実期に当たります。その時に、ワキカミのホホマの丘に登られ、巡り見られた時に感嘆しておっしゃいます。この話は何だか仁徳天皇の「民の竃(かまど)」の話に似ていますね。でも、このアヤでの神武天皇のお言葉の意味は、中々難しいのです。

 

アナニヱヤ ヱツハウツユフ

マサキクニ カタチアキツノ

トナメセル コレアキツシマ

 

(仁徳天皇の「民の竈」のお話:神武天皇の「ホホマの丘」の話に似ている様に思います)

 

 上記の言葉になりますが、神武天皇さんはホホマの丘で、いったい何をみてどう思われたのでしょう。そのキーワードとなるのが、「ヱツハウツユフ」「トナメセル」のこの2つのキーワードだと思います。

 これが分からないと、何を言っいらっしゃるのか、さっぱり分かりません。ということで、今日はこの2つの言葉のついて考えてみたいと思います。先ずは、この箇所をもう少し前から転記します。

 

ホ31-18(8012)

トシサミト ウツキハツヒニ

ワキカミノ ホホマノオカニ

ミユキシテ メクリノソメハ

アナニヱヤ ヱツハウツユフ

マサキクニ カタチアキツノ

トナメセル コレアキツシマ

 

1、「ヱツはウツユフ」について

 

 「ヱ」というのは、前の「アナニヱヤ」の「ヱ」を受けて、「ヱ」=(得たもの・恵み)という様な意味になると思います。「ツ」=(集まり)なので、「ヱツ」=(恵みの集まったもの)

 「ユフ」は、木綿だと思いました。木綿といっても今の品種とは違うと思いますが。では、「ウツ」は何かと言うことになりますが、御幸をされた時期が「ウツキハツヒ」ですから旧暦の4月1日です。今で言えば5月5日頃になります。木綿を栽培するとしたら何をする時期になるか?

 調べてみたら、ちょうど良い資料がネットで見つかりました。奈良盆地には昔から、木綿の栽培をする地域があって、五月の上旬はちょうど種まきの時期になるようですね。

 

 

大和(奈良県)の綿

H.A.M.A.木綿庵(ゆうあん)

https://hamayuan.com/cotton/yamato/

 

(以下転載)

ーーーーーー

農業用水不足の解決策としての綿花栽培

 

 大和の国中(くんなか・平地部分、奈良盆地)で盛んに木綿が栽培されるようになった背景には、農業用水の不足があったと考えられています。 

 奈良盆地はもともと雨が少なく、その深刻さは「大和豊年米食わず」という言葉に象徴されています。つまり、大和の天候が順調であると他の地方は雨が多く不順な年であり、他の地方が豊作であれば大和は干ばつに苦しむという意味です。そのため、大和盆地に暮らす人々は古代からさまざまな工夫を重ねてきました。戦後まで数多く残っていた溜め池もその一つです。また、「隠し井戸」と呼ばれる農井戸(のいど)もその一つで、普段は蓋をして土で隠しておき、水不足に陥るとその蓋をあけて用水として利用するというものです。

ーーーーーー

(奈良盆地での木綿の栽培の文献:八十八夜の10日過ぎは、5月の10日頃?)

資料先:↓(ココ)

https://hamayuan.com/img/cotton/yamato_yamatonowatazukuri.pdf

 

 この資料のように、古代の神武天皇のおられた頃も木綿の栽培がされていたとしたら、「ウツ」というのは種を埋める・蒔く、つまり「ウツ・ユフ」=(木綿の種を蒔く)ということになるのではないか、と思えます。

 繋げて考えてみますと、「アナニヱヤ」=(まあ、何と嬉しい恵みでしょう)と感嘆されて、その「ニヱ」=(嬉しい恵み)「ツ」=(集まった姿)とは、民達が「ウツ・ユフ」=(木綿の種を蒔く姿)だったと言うことになります。

 奈良盆地では、もともと雨が少なく、水不足で米も取れない地域があったようです。神武天皇は、小高い「ホホマ」の丘に登られて、5月の初旬に米つくりができない地域にも、民がこぞって出てきて、木綿の種まきをしている。その姿に感嘆して、「ヱツハウツユウ マサキクニ」と言われたのではないかと思いました。どうでしょうか?

 

2、「トナメ・せる」について

 

 「ト」というのは、前の「カタチアキツノ」を受けて、「ト」=(「ト」のヲシテ文字の形の様に、みなで力を合わせて)という意味で、「ナメ」=(ナメコトである種蒔き)をしていると考えると、「トナメ・せる」という意味は、「ト」のヲシテ文字の形のように、みんなで力を合わせて、ナメコトである種蒔きをしているという意味になると思います。

 

(「ト」のヲシテ文字の形:みんなで協力して豊かな良い国を作るという形です)

 

 日本書紀には、トンボがお尻を舐めているような記述になっていましたが、トンデモない誤訳ですね。「トのヲシテ」を理解したくない渡来人にとって、「トナメ・せる」の意味が分かるわけもありません。また、「アキツ」の意味も分からずに、トンボにしてしまいました。ここは、本当に池田先生のご指摘の通りですね!渡来人の漢訳では、「ヲシテ」の意味が理解できない上に貶めようとしているのですから、まともな話になるわけもありません。「トナメ・せる」は、ヤマト人の心を表す深い言葉ですものね。

 

(「ヲシテ」と「日本書紀」の比較:「ユフ」は、木綿と訳されていました。

トナメセル」は「臀(しり)を舐める」と訳されていて酷い誤訳です。)

 

 

 以上、この2つのキーワードを入れて、全体を訳してみたいと思います。ただ、深い意味の「ヤマトコトハ」を現代語に分かりやすく訳すのは、本当に難しいです。(汗)

 

トシサミト   =「サミト」(28)の年

ウツキハツヒニ =4月1日に

ワキカミノ   =ワキカミ(奈良県御所市掖上)の

ホホマノオカニ =ホホマの丘(現在は孝昭天皇 掖上博多山上陵の辺り?)に

ミユキシテ   =神武天皇は御幸をされまして、

メクリノソメハ =巡り見られましたら、

アナニヱヤ   =「アナニヱヤ」(まあ、何と嬉しい恵みでしょう)

ヱツハウツユフ =恵みの集まったものとは、民達が木綿の種を蒔く姿。

マサキクニ   =これぞ、正しく幸ある国です。

カタチアキツノ =「カタチ」も、「アキツ」(東西が1つにまとまった形)の

トナメセル   =「ト」の文字の形の様にみんな協力して「ナメコト」である種まきをしています。

コレアキツシマ =これぞ正しく、「アキツシマ」(東西が1つにまとまった麗しい国)です。

 

(はなしの大意)

 

 国も落ち着いて実りの多くなった頃、神武天皇は案内を受けて、現在で言えば5月の初旬頃に、現在は奈良県御所市の掖上のホホマの丘へ御幸をされました。水も不足して稲作も難しいと思われていた地区ではありますが、小高い丘に登って巡り見てみますと、そこには一面の土地に民達がこぞって出てきていて、稲作以外の作物を工夫して木綿を栽培するために、種蒔きをしている姿が見られるではないですか!

 その様子をご覧になり、神武天皇が発せられたお言葉が「アナニヱヤ」(まあ、何と嬉しい恵みでしょう)というお言葉でした。その嬉しい恵みとは、民達が力を合わせて耕作の難しい土地にも種蒔きをしている姿。これこそ、「ト」のヲシテの形の通りに共に協力して種蒔きし、1つにまとまった豊かな国、「トナメセル アキツシマ」ではないか!との感嘆をされました。

 このような意味になると思います。

 

 

 ちゃんと天皇の統治がうまくいけば、ヤマトの国は素晴らしい国になりますね!江戸時代にも外国人宣教師が農村へ視察に来て、貧しい農民は身なりも行いも下賤なのかと思っていましたところ、身なりは清潔で勤勉だし礼儀正しいことに驚いて、日本以外の国ではあり得ない民の姿に驚いたとあります。「ト」の教えに基づいた、この素晴らしい国民性を守るといいますか、失っているとすれば取り戻したいですね。

 

(ホホマの丘の辺りであると考えらえる掖上の、孝昭天皇掖上博多山上陵:

近くに「コットンバニー」というケーキ屋さんがあるのも気になります。)^o^()

 

 暖かくなったら、ホホマの丘にも行ってみたいです。奈良では今も木綿の栽培がされているということなので、5月のゴールデンウィークあたりには、どこかで種まきの様子も見られるかもしれませんね。

 

(奈良の天理の近くでの木綿の種蒔きの様子です)

 

 今日のお話は以上です。また、ご意見などございましたらコメントを宜しくお願いいたします。

 

『伊雑の宮・(浦村牡蠣食べ放題)・二見ヶ浦・外宮さん御食の旅』

  • 2020.02.22 Saturday
  • 08:27

 

 個人的な旅行ですが、楽しい伊雑の宮(浦村牡蠣食べ放題)二見ヶ浦外宮さん御食の旅』に行って参りました。

 伊雑の宮は『先代旧事本紀大成経』にも、天照大神を祀る真の宮ということが書かれていて、以前から実際に政(まつりごと)を行われた場所だと言われていました。正式には認められなかったようですが、『ホツマツタヱ 』に書かれていますので、間違い無い事と思います。近くに良い浦があり、古代には海からも入って来れたでしょうから、交通の便も良く年中暖かくてとても良い場所ですね。

 私は大好きなので、機会があれば何度も寄ってみたい場所であります。今回も、2月のうちに浦村へ牡蠣の食べ放題に行きたいなーと思っていましたら、近くに「伊雑宮」があることを思い出しまして、寄ってこれました。序でみたいで申し訳ないですが、神社参りというのは「パンパン」と柏手を打ってお参りしたら、直ぐに終わりますので時間もかかりませんね。(^ν^)でも、アマテルカミが本当に、この道も歩かれた道ではないかと思うと、気持ちが良いものです。

 

(伊雑宮は、御田植祭も有名です。駐車場横の御料田でやります)

 

(ここが伊雑宮:千木は内削ぎです)

 

(不思議な瘤の根っこのある御神木「巾着楠」)

 

 牡蠣の食べ放題は、今回はテレビでやっていた「モトカキ」さんへおじゃましましたよ。ここは何が良いかって言ったら、自分で焼かなくても良くて焼いて下さる。そして蒸し牡蠣もあるんですね。できたのを取りに行けば良いだけ。牡蠣を焼くのは以前にやってみましたが、大変なんですね。何しろ、牡蠣ガラの焼けた破片が顔にかかる。!(◎_◎;)焼けるタイミングも難しいのです。その点、ここは食べることに集中できますので、有難いです。平日でもいっぱいの人でした。90分の制限時間ですけれど、60分で満腹です。♪(´ε` )

 

(蒸し牡蠣です。焼いたのより食べやすい)

 

(牡蠣のネギ味噌鍋:その他にも牡蠣フライ、牡蠣の佃煮、牡蠣の酢の物、牡蠣の炊き込みご飯も)

 

 牡蠣で満腹になったので、さあ出発、今度は外宮さんへ向かいます。カーナビに誘導されて走っていますと、運が良い事に、二見ヶ浦の看板が現れました!せっかくなので、二見ヶ浦にも寄らせて頂こうと思いまして、近くの土産物センターの駐車場へ停めて、夫婦岩までの散策です。何度もきましたが、この駐車場が一番便利が良いですね!この二見ヶ浦では、アマテルカミが実際に禊をされていましたし、ハタレの乱の時には、鏡に映して改心した者とそうで無いものを判別したと言う、そういう場所でもありますね。

 その時に使われた鏡は、潮風に晒されても錆びなかったような事が書いてありますけれど、凄いですね!今もピカピカの鏡が置かれています。カエルの置物も沢山置かれていて、「無事帰る」という交通安全みたいに思われているかもしれませんが、『ホツマツタヱ 』を読んでからは、ハタレも「心を入れ替える」カエルですよね!外宮さんへお参りする前に「二見興玉神社」、お参りだけですが清々しい気持ちになって良い禊ができました。

 

(今も二見ヶ浦には、ピカピカの鏡が置かれています)

 

(二見ヶ浦:夫婦岩とカエルの置物・・醜い心を入れカエル!)

 

 外宮さんは、トヨケのカミ。車を停めるにも無料駐車場が広くてありがたいですね。小雨がパラついていましたが、駐車場に近い入り口から入ると、まあなんとタイミングが良い事に、「忌火舎殿」(いみびやでん)に何やら人影が動くではありませんか。もしや・・・と思って待っていますと、やはりぴったりの時間に、日毎朝夕大御饌祭!!(о´∀`о)

 これから始まるんだなーとワクワクしていますと、出てくる白装束の神官さん達!!オオーーー!!玉砂利の音をシャリシャリさせて進みます。随分と長い距離を歩いて、左側に折れて垣内に入られます。ウウーーン!これは、お正月に勉強したばかりの「御饌殿」(みけでん)でのお食事が始まるわけですね。アマテルカミも今は、トヨケカミとご一緒に、御饌殿の中に座っておられます。素晴らしいタイミングに来れて良かったです!!(*^o^*)

 

(ピンク色の矢印の場所で、日毎朝夕大御饌祭の道中を見ました。)

 

(日毎朝夕大御饌祭:小雨が降るので、傘をさしての道中です。左の御饌殿へお運びします)

 

(外宮さんの鰹木は9本:9の意味は9つの守り神の星「アメトコタチ」のカミ)

 

 さて、参拝です。お参り済んで左側の垣根から「御饌田」の正面を見ますと・・・扉が開いています!!(^ ^)あの開いた扉の東側にはアマテルカミ、西側にはトヨケカミがお座りになり、只今お食事中です。お二人のカミが近くにおられるような気持ちになって、とっても嬉しいです。

 

 今回は、「遷宮館」も行ってきましたよ。遷宮館に入ると、正面には外宮さんの正殿の扉が展示してあります。遷宮の前の実物の扉です。これは正しく「ト」ですね!大殿の戸前の「ト」(=トノヲシテ)ですね。ヤマトの国に入るなら、「トノヲシテ」(=ヤマトの憲法)を守ること。その象徴のように思えました。遷宮館の奥には、実物大の外宮正殿のモデルが展示してありますが、近くで見るととっても大きいですね!鰹木も実に巨大です。でも、魚の鰹に似ているから「カツオ」ではないですよね!『ホツマツタヱ 』で読むと「カツオ」の意味も分かります。民に暖かい光が降り注ぎますようにとの願いの象徴が「カツヲ」なのだと思います。

 ちょうど、36アヤを昨晩ノートに書いていましたので、転記してみますね。千木と鰹木の意味が外宮・内宮共に書かれています。

 

(36アヤの最後に書かれている、「カツヲギ」と「チギ」の削ぎの意味)

 

ホ36-39(9353)

イセノミチ ヤモヒトクサオ

イケメクム カレカツヲ

チギノウチ ソクハウチミヤ

ウチカロク ヤタミユタカニ

マタトヨケ サカホコノノリ

アメノホシ コクラアラワシ

カツヲ チギハトオソク

カレトミヤ ウチアツクイツ

タミノチチ オソレミチエヨ

ウチミヤハ キミハハノコオ

メクムノリカナ

 

 内宮さん(アマテルカミの宮)の鰹木が8本なのは、ヤタミ(国民)が恵み豊かになりますようにとの願いで、千木が内削ぎなのは、政府は軽くても民が豊かになるようにとの意味、民の母のようなお立場からですね。(※アマテルカミは男性ですけどね)

 外宮さん(トヨケカミの宮)の鰹木が9本なのは、九星(ミナカヌシとトホカミヱヒタメの9星)を祀っている意味から。そして、千木は外削ぎなのは、民の父として自分は軽くても、家の中が豊かになるようにとの意味合いですね。

この意味が分かるだけでも、有難いことですね。( ;∀;)

 

 さて、お正月の参拝に続いて、今回も外宮さんだけの伊勢参りになりましたが、牡蠣も食べられたし、日毎朝夕大御饌祭も見られて、とても楽しい旅になりました。皆様も、『ホツマツタヱ 』の旅を色々計画して楽しんで下さいね。

 

追記:(2月23日)

 『ホツマツタヱ』 に書かれている当時の内宮の鰹木は8本ですが、現在の内宮の鰹木の本数は10本でしたね。時代によって鰹木の意味合いの解釈が違ってきているからのように思います。外宮よりも権威が上だから10本になったのか、そこのところは分かりませんが、ヲシテ文献で見る限り、「カツヲキ」はアンテナのような意味合いだったように思えます。

 

(内宮正殿の鰹木:現在は10本)

 

(外宮正殿の鰹木:9本)

 

 外宮の「カツオギ」が9本なのは、9つの星(アメトコタチの星)のそれぞれからの「ナミ」を受ける受信アンテナで、内宮の8本の「カツヲギ」は、「ヤタミ」(国民)に向けて全方位(8方向)に、恵みの「ナミ」を発信するための発信アンテナと考えれば、分かりやすいのではないでしょうか。

 余談ですが、八木アンテナという日本で開発された優秀なアンテナがあって、テレビ用にも使われますが、それにそっくりです。縄文時代から宇宙や地上と通信をするアンテナがあったと思うと、驚きです。

 

 

「特殊文字の「う」を「ウン」と読むことについての考察(その3)

  • 2020.02.17 Monday
  • 07:18

 

 前に、特殊文字の「う」「ウン」と読むという考察を2度にわたってさせて頂きました。今回は、その3回目になります。やはり、まだ説明不足だったということもありまして、もう一度考え直してみました。

 2月の「ヲシテ講習会」で、池田先生にご指摘を受けましたのは、特殊文字の「う」「ウン」と二文字で読むのはオカシイと言うことでした。私も、実はその通りだと思います。二文字なら二文字で書きますよね!( ◠‿◠ )

 

 それで、あえて書くなら小さい文字で、「ン」を付けたい所なのです。しかし、小さい「ン」の文字がない。(笑)じゃあ、無視するかという事にもいかないのですね。何故なら、以前のブログでも書かせて頂きましたが、「う」「ウン」と読むという説明をアマテルカミご自身が、2度にもわたってして下さっているからです。

 

 つまり、「ウ」の発音の後に「ン」の文字を付けるには、それなりの大切な意味があるという事なのだと思います。何故かというと、「ン」のヲシテ文字は、48音図表で見ると、「ウ」行の最終段階(10段階)の文字だからなのではないでしょうか。ヲシテの文字が一文字ずつ全て守り「カミ」である事は、言うまでもないと思います。だとすれば、「ン」は産み出す事に関する最高位の「カミ」になります。その「カミ」の守りを得ているという、意味があるからとも考えられます。

 

 今回も取り上げていますのは、『ミカサフミ 』「ワカウタノアヤ」です。「ワカウタノアヤ」では、イサナギ・イサナミ様が、良き継ぎ子を得る為に、全身全霊で祈られます。最初に産まれたのは女の子で、ご両親ともの厄年に当たりましたので、捨て子に出しました。次の子は、ウタを詠んで願ったものの流れてしまいました。そして、今度こそはと「ツクハウタ」を詠まれたは、それこそ地球を救うという思いでのウタだった事と思います。

 

(「ツクハウタ」:ヲカミの特殊文字の「」の箇所です)

 

 

 言葉かけも、最初は男性からするべきだと順序も入れ替え、イサナギ様が

「アナニヱヤ マシオトメニ アイヌ」とうたわれます。

「う」は特殊文字

 

 今回、再度考え直しているのは、この「う」が特殊文字で書かれているのですが、ここでの読み方は「ウン」(※小さい「ン」)だと、アマテルカミが説明されているように、私には思えると言う事です。これが1つ目の箇所。

 

 そして、もう1箇所は、以前に捨て子に出された「ヒルコヒメ」がアマテルカミのお話を聞いていて、「ネコエ」の最初の教えも聞かせて下さいと言われたので、アマテルカミが「人のウイネ」(=赤ちゃんの産まれた時の泣き声)について、説明して下さった箇所です。

 赤ちゃんは、「ア・ウヌ」と泣くのですが、「ウヌ」は音は3つに分かれて、「ウンヌ」(※小さい「ン」)と、これも「ウ」の後に軽く「ン」が付く発音になると、アマテルカミが説明して下さっているように思えます。

 

 今回は、この2つの箇所について、説明図を用いてもう一度書かせて頂きたいと思いました。はたして、特殊文字の「う」は「ウ」の後に「ン」の発音が大切だと本当に言っておられるかどうか?上手く説明できるといいのですが、顔晴ります。\(^o^)/

 

先ずは、1つ目のツクハウタの読み方の箇所から。

 

メクルヲカミノ

クチヒルオ ヒラクアネヨリ

ノヘツツク ミウタオアミテ

アナニヱヤ ツイテフタツハ

クチフサキ フクイキムレテ

ムスフウン ウンニツヰテノ

ツキウタハ マシオトメニ

オトメニト ナナネニアタル

ウニヰツネ トネハミツネノ

アイヌナリ

 

※ここで、先ずは原文の「フスムウン」は先の記事でも間違いだと思って修正しましたので、「ムスフウン」にしました。また、「ウンニツニテノ」も「ウンニツヰテノ」と修正させて頂きました。詳細は、前の記事をご覧くださいね。

まえの記事)↓

特殊文字の「う」が、「ウン」と読むことについての考察:

  • 2020.01.24 Friday

これを訳してみます。

 

メクルヲカミノ =巡る男カミ(イサナギさん)の

クチヒルオ   =くちびるを

ヒラクアネヨリ =開く、「ア」の音より

ノヘツツク   =述べつづく

ミウタオアミテ =御歌を編みて

アナニヱヤ   =「アナニヱヤ」

ツイテフタツハ =継いで二つ(二拍手)は、

クチフサキ   =口を塞ぎ、(間を空けます)

フクイキムレテ =吹く息が群れて(ドッと出して)

ムスフウン   =結ぶ意味の「ウン」の発音となります。

ウンニツヰテノ =「ウン」に継ながる

ツキウタハ   =ツキウタ(継子を得るウタ)は、

マシオトメニ =「マシオトメニ」

オトメニト   =「オトメニト」と、(留めの意思か?)

ナナネニアタル =7つの音に「ア」が垂る(※つまり、継ぎ子が産まれて来る)

うニヰツネ   =最初の「ウ」(=産まれる)を最後の「ニ」(=喜ぶ)、その間にある5つの音「マシオトメ」

トネハミツネノ =「ト」(=外との結びつき)の音は、3音の

アイヌナリ   =「アイヌ」です。

 

(ヲカミノウタ:「」の特殊文字の発音の仕方についての図説)

 

「ツイテフタツハ クチフサキ」と言うところは、2拍手分の間隔を空けてということで、

つまり、「アナニヱヤ」と言ったら、2拍手の間隔を空けて黙って、その次の「マシオトメニ」と続く「」の音は、こらえていた息が群れてどっと出て、「ウン」という音になると、そのようにアマテルカミは言っておられるのだと、私は解釈しました。その「ウン」という音を「ムスフウン」(=結ぶ「ウン」)と言っておられる意味は、「ウン」というのは人と人を結ぶ良いお返事、頷きの「ウン」だからと言う意味もあると思います。

 このように、「」の特殊文字は、この場合は特にですけれど、良い継子が授かりますようにとの願いのこもった「」ですので、溜めた息を「ウン」と鼻に抜けるように発音しますとのご説明だったと思います。

 

 

2つ目の箇所は、赤ちゃんの産声のご説明です。

 

ミコトノリ ウイノメクリハ

アノオシテ アメツチワカツ

カタチナリ ヒトノウイネモ

アニアミテ クチフサキフク

イキムレテ ハナニカヨヒノ

ウヌノネハ モトアカノホル

オシテヨリ ミツニワカレテ

キヨキト カロクチリ

ナカノト ミタマヒオウム

アネトナリ ツキウムツチオ

ムスフフサ

 

ミコトノリ   =アマテルカミがご説明くださいました。

ウイノメクリハ =天地開闢の最初の巡りは、

アノオシテ   =ぐるぐるの「ア」のヲシテ文字の通りです。

アメツチワカツ =これは、天と地を分ける

カタチナリ   =形です。

ヒトノウイネモ =人の(赤ちゃん)の産声も

アニアミテ   =「ア」から始まって、

クチフサキフク =口を塞いで、次に吹きます。

イキムレテ   =つまり、息が群れでドッと出ますので、

ハナニカヨヒノ =鼻から通る

ウヌノネハ   =「ウヌ」という音になります。

モトアカノホル =(もう少し詳細にみますと)元はぐるぐるの「ア」の

オシテヨリ   =ヲシテ文字から、

ミツニワカレテ =3つに分かれて

キヨキト   =清き「」,函

カロクチリト =軽くて消えやすい「」△函

ナカノト   =中心となり産まれる意味の「」 と、の3つ音です。

ミタマヒオウム =これは、赤ちゃんが「ミタマヒ」(身と霊開き)を産む

アネトナリ   =「アネ」(=赤ちゃんの根付き)となります。

ツキウムツチオ =例えてみれば、月を産む地球を

ムスフフサ   =結ぶ房(地球と月との引力)のような物でもあります。

 

(赤ちゃんの泣き声の詳細な分析:「ア・ウ()ヌ」(※ンは小文字)

 

 赤ちゃんの泣き声は、「ア」から始まって、次は口を塞いで鼻から出る「ウヌ」という音になります。それをよく分析してみますと、「ウヌ」という音はぐるぐるの「ア」の文字から3つに分かれて

1、清き「」の音と、

2、軽くて消えやすい「」と言う音と、

3、中心となり生まれる意味の「」という音と、

この3つの音によって、赤ちゃんは、「ミタマ」(身と霊)が開かれます。

 この3音によって赤ちゃんは根付く、つまり」の音は、例えてみれば、月と地球との間の引力のようなものだと言っておられるようですね。

 

 ここでもやはり、「」と「」の間に小さい「」が入っているとアマテルカミは、ここでも説明して下さっているように、私には思えますが、いかがでしょうか?

 整理してみますと、赤ちゃんの泣き声は、「ア・ウ(ン)ヌ」(※(ン)は小文字)と泣いていることになります。「」から始まって、「ウン」と頷き、「」(=主・人)になる。赤ちゃんは、素直ですね!( ◠‿◠ )

 

 何故「ン」という音が大切かという意味についても、「ウ」と「ヌ」を結んでくれている「フサ」(房)だからだとアマテルカミは、説明して下さっています。

 言い換えますと、「ウ」:生まれただけでは「ヌ」:(主・人)にはなれないので、それを「ン」のカミが結んでくれているので、産まれ、守られ、人になれると言うことですね。

 それでは、「ン」のカミは何のカミかと言えば、やはり「ウ」行の最高位のカミだと考えれば良いように思います。カミに祈るときは「カカン・ノン・テン」と、全てに「ン」を付けます。「カ(ン)ガエル」(考える)とも言います。「ン」の文字は強調助詞だと池田先生が言っておられたのを思い出しますが、「ン」が強調助詞である理由は、「ミノリ」(=実体化)を齎してくれる守り「カミ」だからと、私は思っているのですが、さて、この解釈はどうなのでしょう?

 

 以上、今日は「」の特殊文字が「ウ(ン)」(※ンは小文字)と読む事についての考察(その3)でした。分かり難かったと思いますので、再度の説明をさせて頂きました。また、よく分からない点や、解釈が間違っていると思われる点などお気づきがありましたら、考え直して訂正させて頂きますので、是非コメントを宜しくお願いいたします。m(_ _)m

 

 

追伸:この項を考えるにあたって、私は「アナニヱヤ ウ(ン)マシオトメニ アイヌ」(※「う」の前に二拍手)の読み方と、赤ちゃんの泣き声、「アウ(ン)ヌ」(※「ン」は小文字)を何度も繰り返して発音してみましたが、おもしろいので、皆様も是非やってみて下さい。ただし、他人に見られないように。(笑)

 

 

『ミカサフミ』「サカノリノアヤ」に見る「カミヨ」7世の歴史について:

  • 2020.02.08 Saturday
  • 09:38

 

 『ミカサフミ』「サカノリノアヤ」は、お酒についてのお話ですが、お酒ではなくて、とっても壮大な宇宙論の話から始まります。話のきっかけはタカミムスビの「タカギ」さんが、オシホミミさまとチチヒメさんとのご結婚の際に、「ミキノアヤ」(=お酒の謂われ)につてい質問をされた事でした。おめでたい席で重要な人が揃う貴重な機会だった為か、アマテルカミも素晴らしい講義をして下さいました。天地開闢に遡り、初代の天皇ができて、その次の世代へと代々続く歴史を語りながら、「ミキ」(お酒)の謂れについて説明をして下さっています。・・・つまり、「ミキ」とは、お酒だけの意味ではないということですね。

 

三三九度は、桃の種を植えてから、年後の日に因んでいますね♪)

 

(三三九度は、まさに「・キ」)

 

 良い質問のおかげで、お酒のことだけではなく、この時代の宇宙観や代々続く日本の天皇の歴史も分かるし、よくぞ「ミキ」についてお尋ね下さった事と思います。もうひとつ、このアヤの特徴として面白いことは、全体の構成がちょっと複雑で、質問をされたのは「タカギ」さんですが、それを聞いて伝えて下さったのは「サホヒコ」さんなんですね。「サホヒコ」(=ヤマクイ)さんは、ヲシテ文献の物語の中ではよく出てこられ、ここでも又ご登場です。松尾大社の「ヤマクイ」さんは、やはり京都の重鎮だったこともよく分かります。

 

 今回は、アマテルカミ以前の歴史がよく分かり、とても有り難い「サカノリノアヤ」ではありますが、それでも中々理解しづらい表現もいくつかありましたので、一度自分なりに整理しておきたいと思って書かせていただきました。大きく世の中が変わったと気づかされる点もあって、少し感想もあります。自分なりの理解の程度ですので、また不備な点がございましたら是非、ご意見ご指摘をお願いしたいと思います。

 

 では、アマテルカミのご説明に従い、ヤマト建国の歴史を順を追って見ていきたいと思います。

 

 

0世代目宇宙創成の時代

 

ミ2-2(10983)

イニシエノ アメツチウヒノ

キワナキニ キサシワカルル

アウノ アメトナリ

ヒノワナル クニトナリ

ツキトナル 

 

 天地開闢の最初の段階で、「メ」「ヲ」に分かれ、「ヲ」の性質が天となって太陽ができました。また、「メ」の性質が地球になって、月もできました。

 

天地創造から語り始める意味は、この宇宙の創造原理が「縄文哲学」の根底をなしているからですね。

 

 

1世代目:「クニトコタチ」

 

ミ2-3(10987)

カミソノナカニ

アレマシテ クニトコタチ

トコヨクニ ヤモヤクタリノ

ミコウミテ ミナソノクニオ

ヲサメシム コレクニキミ

ハシメナリ 

 

 先祖が、そのようにして出来た地球の上に現われまして、最初に「クニトコタチ」さんがトコヨクニを建国されました。クニトコタチさんは、八方向に八人のお子さんを派遣されて、皆それぞれに派遣された国を治めておられました。これが、「クニキミ」(=地方の君)の始めになりました。

 

 最初に人の世界をまとめて建国して下さったのが、「クニトコタチ」さんという事ですね。その下には、お子さんが八つの地方に分かれて、「クニキミ」(=地方の君)として治めておられた。これが1代目ですね。

 

 

2世代目:「クニサツチ」

 

ヨツギノカミハ

クニサツチ サキリノミチオ

ウケサレハ サツチニヲサム

ヤミコカミ オノオノミコオ

ヰタリウム 

 

 世継ぎの君は、「クニサツチ」と言います。しかし、中央での政治の道を辞して去ったので、担当地方を治めているだけです。「クニトコタチ」さんの八人のお子さんがなられまして、それぞれが五人のお子さんを儲けられました。(5人のお子さんというのは、自分の下に5人のリーダーを置いたと考えた方が良いですね)

 

 2世代目は、「クニトコタチ」さんもおられなくなって、お子さんたちがそれぞれに「クニサツチ」として、担当の地方を治めるというスタイルだったと考えても良いのではないかと思います。

 ここで考えられるのは、「クニトコタチ」さんが築かれた国のスタイルをお子さん達が地方に広め、一旦は地方分権のスタイルでやっていた時代があったと言うことです。しかし、そうなりますと世の中が平和で、貧富の差もあまりない時代なら良いのですが、国ごとの争いごとが起きた時が心配になりますね。その為には、誰かがリーダーとなる必要があって、「ヱ」「ト」のどちらかの国君が、変わる代わりに世を継いでいたのだと思います。

 

 

3世代目:「トヨクンヌ」

 

ヤモノヨツキハ

トヨクンヌ キミトミタミ

タミモミツ ワサワケヲサム

ミクタリノ カミハモフソ

ミコアリテ アメナルミチハ

メモアラス ミツヨヲサマル

 

 八つの地方を纏める世継ぎは、「トヨクンヌ」です。「トヨクンヌ」は、キミ・トミ・タミと3段階に階級を分け、タミも仕事別に3つの組に分けて、治められました。ですから、「トヨクンヌ」のカミは、(8x5x3=120で)120人の子供(司)があったと言うことです。その故に、朝廷の政治は、漏れもなく(又は、正式な皇后陛下という女性の参加もなく)3世代目までは治っていました。

 

 3世目は交代制ではなく、やっぱり国を1つに纏めなければならなくなって、「トヨクンヌ」さんが正式に全国統一をされたと言う事なのだと思います。では、「トヨクンヌ」さんは、「ヱ・ヒ・タ・メ・ト・ホ・カ・ミ」の八人の御子のうちのどなたがなられたのか?と言うことになりますが、「クニサツチ」さん時代は「ヱ」と「ト」で交代に世を継いでいましたが、この場合は、お名前からしても「トヨクンヌ」ですから、「ト」の御子の方から成られたと考えるのが妥当かもしれません。

 

(「クニトコタチ」さんから3世の「トヨクンヌ」さんまでの系図)

※2世代の「クニサツチ」さんの時代は、「ヱ」と「ト」で交代に世を継いでいました。

 

 

 「トヨクンヌ」さんは新制度として階級を自分の下に「キミ・トミ・タミ」の3つに分け、更にタミも仕事別に3つに分けて治められました。ですから、「クニキミ」8人x「トミ」5人x「タミ」3人=120人の御子(民のリーダー)がおられたということになります。120人の御子は本当の子であるとは限らず、チナキノタラ(=血縁の無い両親)という意味もありますね。この階級分けの方法が優れていたので、「アメナルミチ」(=政治)に、「メ」(=漏れ・冷)もなく、上手くまとまっていました。

 

(「トヨクンヌ」さんの3階級に分けて治めた組織図)

 

 

 「アメナルミチハ メモアラス」「メ」の解釈で、もう1つ考えなくてはなならのは、「メ」(=女性)と取ると、政治に女性が関与していなかった。つまり、結婚制度がなかったので皇后陛下という存在もなかったと取ることもできます。話の流れから、もちろんこの場合の「メ」は、女性の「メ」の意味もありますね。

 

 

4世代目:「ウヒチニ・スヒチニ」

 

マサカキノ ウエツキヰモニ

ミツルコロ ヨツギノヲカミ

ウヒチニノ スヒチオイルル

サイアヒノ ソノモトオリハ

コシクニノ ヒナルノタケノ

カンミヤニ キノミオモチテ

アレマセハ ニワニウエオク

トセノチ ヤヨイカニ

モモノハナ フタカミノナモ

モモヒナギ モモヒナミナリ

 

 マサカキ暦で、植え継ぎが500本になる頃に、世継ぎの男性のカミ「ウヒチニ」さんが、よりよく世が治るようにと、女性のカミ「スヒチニ」さんを嫁に入れられました。その最初のきっかけは、コシノクニ(=越の国)のヒナルノタケ(=日野岳)の「カンミヤ」(=神に祈りを捧げる宮)に木ノ実を持って来られ、その種を庭に植え置かれました。3年の後の3月3日に百(モモ)の花が咲きましたので、木にモモという名も付き、お二人の「カミ」の名も「モモヒナギ」「モモヒナミ」と名付けられました。

 

(ひな祭りは、日本で最初の結婚式の儀式)

 

 ここで、先ず1つ目の疑問は、何故「コシクニ」で結婚式をされたのか?と言うことです。「ト」のミコトの子孫なら、富士山南麓の「トシタクニ」にお嫁を入れられた方が自然ではないか?と思えます。「コシクニ」にされたのは、何か特別な理由があったのかもしれません。また、「スヒチニ」さんは、何処のお方だったのか?これも、「ウビチニ」さんが「ト」の出身の方なら、「スヒチニ」さんは「ヱ」のご出身か?とも思われますが、これも分からないですね。

 

 次の疑問は、何故桃の種を植えて3年も待たれたのか?という事です。これに関しては、私が思いますのは、橘の木や桜の木のように、桃の木も先行きの吉凶を予知するのに、「気」を見る木として使われたのではないかと言う事です。「カンミヤ」の前に植えて、3年間の後に見事に花が咲けば、この結婚制度は「吉」、咲かなければ「凶」。見事に咲きましたので、新しく定める「結婚制度」が吉と出たということではないでしょうか。

 

お二人の仲が良いことは、次のように書かれています。

 

ソテヒチテ ウスノニココロ

マタキトテ ナモウヒチ

スヒチト コレモウヒ

フルコトヤ

 

 袖が濡れて、お二方の「ココロ」(=思いやりの心)が素晴らしいので、名も「ウヒチ「スヒチになりました。これも、「ウヒル」という故事になっています。

 

 「ウヒニル」の故事の意味も難しいですね。「立派な人は優しくする」という意味でしょうか。また、「ニココロ」の「ニ」を天皇皇后のお名前につけるという事からも、この時代は仲良し夫婦が良しとされていたようですね。結婚制度の最初ですから、お互いの思いやりが大切にされたのでしょう。

 

 

5世代目:「オオトノチ・オオトマエ」

 

トシカソエ ヰモツキアマノ

マサカキヤ ヰツヨノカミハ

オオトノ オオトマエナリ

ツノクイハ オオトノニイテ

イククイオ トマエニアヒミ

ツマトナス カレヲハトノソ

メハマエト ヤモツツキマテ

 

 年を数えて、マサカキが500継ぎになたとき、5世の「カミ」は「オオトノチ」さんと「オオトマエ」になりました。「ツノクイ」さんは「オオトノ」に居て、「イククイ」を「ト」の前に会い見て妻としました。その故に、男は「トノ」、女は「マエ」とマサカキの800継ぎまで続きました。

 

 5世代目は、立派な御殿も建つようになり、「ツノクイ」さんは、大殿におられて「イククイ」さんを「トマエ」(=戸の前)に迎えます。「トマエ」というのも戸の前なのか、「トのヲシテ」の前なのか?扉の前でもあり、「トノヲシテ」の前でもありとしたら、お二人の婚儀の前に、契約が加わったと言う事でしょうか。大殿もできるくらいですから、時代が進んで豊かにもなったと考えられます。4世代目は、仲良し夫婦でお互いに思いやりがあればそれで良かったのが、結婚は家同士の繋がりでもありますので、「ト」の前に契約をするという儀式が加わったのかもしれません。次第に、世の中が難しくなってくる様子が伺えますね。

 

 

6世代目:「オモタル・カシコネ」

 

ムヨノツギ オモタルノカミ

カシコネト ヤモオメクリテ

タミオタス ヲウミアツミノ

ナカハシラ ヒカシハヤマト

ヒタカミモ ニシハツクシノ

アシハラモ ミナミアハソサ

キタハネノ ヤマトサホコノ

チタルマテ オヨヘトモヨホ

ツギコナク ミチオトロヒテ

ワイタメナ 

 

 6世代目は、「オモタル」のカミが「カシコネ」さんと夫婦になられ、八方を巡って民を助けられました。「ヲウミ」(琵琶湖周辺)の「アツミ」(安曇川平野)を中心として、東は「ヤマト」(関東地方)、「ヒタカミ」(東北地方)も、西は「ツクシ」(九州)、「アシハラ」(中国地方)、南は「アハ」(四国地方)、「ソサ」(紀伊)、北は「ネのヤマト」(北陸)、「サホコ」(出雲地方)、「チタル」(山陰)まで恵みの治世は及びました。ところが、100万年に至っても、世継ぎの子に恵まれませんでした。そのために、道が衰えてきて社会秩序が保てなくなってきました。

 

 6世代目は、いよいよ困難の時代に入ってきます。中央集権によって、各地が1つに纏まることは良いのですが、ご苦労も大変になってきて、各地へ巡行をなさって民を助けられます。悪党も出現してきますので成敗すると言うことも多々あって、中には善人も巻き添えで罪なく命を落とすと言うこともありますと、継ぎ子に恵まれないと言われます。「ホホソ」(=作物が少ない状態)となったとも他のアヤには書かれていますので、道徳も衰えてきたのでしょうね。正に困難な状況です。

 

 

7世代目:「イサナギ・イサナミ」

 

ワイタメナ トキニアメヨリ

フタカミニ ツホハアシワラ

チヰモアキ イマシモチヒテ

シラセトテ ホコタマフ

フタカミハ ウキハシノヱニ

サクリウル ホコノシツクノ

オノコロニ ミヤトノツクリ

オオヤマト ヨロモノウミテ

ヒトクサノ ミケモコガイモ

ミチナシテ ワイタメサタム

イサオシヤ 

 

 秩序がなくなった時代に、天皇から「フタカミ」(イサナギイサナミさま)に、「アシワラ」を要所として1500の村を善くして治めなさいと勅があり、「ト」(トのヲシテ)と「ホコ」(鉾)を賜りました。「フタカミ」は、皇位継承の仲介を得て、国家再建の仕事に取り掛かられました。鉾を用いて悪党を成敗することも収まってきたので、宮殿も造って「オオヤマト」と呼ばれるようになりました。多くのものを産んで国民の食料も養蚕・衣服のことも道を成して、国家秩序を取り戻しました。

 

(「フタカミ」イサナギ・イサナミさんのイメージ図)

「ホコノシツクノ オノコロニ」という意味は、「フタカミ」のお働きによって

治安も良くなり、ホコで成敗する必要もなくなったという意味だと思います。

 

 

 7世代目は、お世継ぎが途絶えましたので、「ウキハシ」(=皇統を継ぐ仲人)を得て、「イサナギ・イサナミ」さんの「フタカミ」が、皇位をお継ぎになられたのですね。このころは、食糧も不足して道徳意識も薄れてきていましたので、「トノヲシテ」「ホコ」を賜って、先ずは1500の村を改良して治めるように言われました。中心的な事業としては、「アシワラ」(=沼地の田になりにくい土地)を田へ変えることです。

 また、悪党もいますので、鉾で滅ぼします。しかし、新しい天皇がおつきになり、積極的に国の復興に取り組んでおられるとなると、国も豊かになり、自然に秩序を乱す輩も減ってきて、「ワイタメ」(国家秩序)が定まってきます。

 「フタカミ」の「イサナギ・イサナミ」さんも素晴らしいですが、その前にご苦労をされた時代の「オモタル・カシコネ」さんも、皇統断絶と国の荒廃の危機を見事に乗り越えられたものだと思います。

 

 

(7世代目までの系統図:今回のまとめの図です)

※クニサツチさんの時代は、「ヱ」と「ト」が交代で世を継ぎました。

※ウキハシは、系統を遡っての縁組なので血筋は途絶えてはいません。

 

 

まとめ:「ミキ」とは?

 

アメノカミヨリ

フタカミノ ナナヨノミキ

トホコノリ コオトトノフル

トコミキノ ノリモテイワフ

コノサケハ ・・・

 

 先の天皇から、「フタカミ」の7世「イサナギ・イサナミ」さんに賜った「ミキ」(=根幹・実を齎すもの)も、「ト」と「ホコ」でした。子を整える「トコミキ」の祝詞をもって祝うこの酒は、・・・

 

 「ミキ」とは、お酒の「ミキ」だけではなくて、根幹の「ミキ」でもあり、国の実りを来らす「ミキ」の意味でもあります。7世の「イサナギ・イサナミ」さんは「トホコのミキでしたが、お酒の「トコミキも国の実りを来らすと言う意味では、同じ「ミキ」なのですね。お酒の「ミキ」に、ヤマトの国の「ミキ」(=繁栄)の願いを重ねての意味があるということですね。

 「ミキ」の説明のアヤではありましたが、とても深い内容だったと思います。今回は、特に7世までの「カミ」の歴史に注目して、自分の復習のつもりで書かせていただきました。長くなりましたが、お付き合い頂きまして有難うございます。

 

今日のお話は、以上です。

 

 

「アワウタ」を歌う本当の意味とは:

  • 2020.01.28 Tuesday
  • 09:30

 

 「アワウタ」を歌うことが、何となく体に良くて気持ちが整えられると、静かなブームになっているようです。これは、「ヲシテ」文献の学習をしている人達の間でというよりも、スピリチュアル系のサークル活動として広まっている場合も多いと思いますが、確かに「アワウタ」の効能は『ホツマツタヱ』にも書いてある通りに、「コレミノウチノ メクリヨク ヤマヒアラネハ ナカラエリ」ホ1-6(119)と、心と体に良いことには間違いがない事と思います。でも、「アワウタ」を歌う本当の意味は、ただこれだけではなくて、フタカミの「イサナギ・イサナミ」さんが、全国に普及して廻られたほどです。それには、もっと大切な理由があったと考えなければならないのだと思います。

 端的に言いますと、単に音のひびきにより気持ちが安らぐというものではなく、この歌が語りかける生き方の教えを声に出して耳で聞き、日々に自らを省みるという、大きな目的があったと言うことです。

 

(アワウタ:1〜4が「アノアワウタ」、5〜8が「ワノアワウタ」

 

 「アワウタ」を知っている人も、ちゃんとした意味があるの?と疑いたくなるとは思います。かく言う私も、このことにハッキリと気がついたのは、学習を始めて三年目のつい最近です。(汗)しかし、改めて『ワカウタノアヤ』で語られる「アワウタ」の意味をよく読んで考えてみると、そこには人としての生き方が、見事にギュッと凝縮して書かれているのですね!単なる文字を順に並べて歌にしただけですから、意味が通るということも疑問でした。ですが、これも論理的考えても、成り立っているのですね!

 その理由は、後ほど書かせて頂くとして、先ずは「アワウタ」に込められた意味を『ワカウタノアヤ』に書かれている、ヒルコヒメ(ワカヒメ)が気付かれた解釈に従って、「ア」「ワ」に分けて、見て頂きたいと思います。皆様にも、意味が浮き出して見えますかどうか?ヒルコヒメの解釈の書かれた箇所は、以下になります。

 

ワ-105

ツラツラト オモンミテレハ

アメノリノ コトハノハナハ

 

(アノアワウタ)

 

アカハナマ アタカクノホリ

アナルヒノ ワカハテルマツ

タラチヲノ イキヒニミウク

ソヱウタハ ヒノテノカセノ

ナルイキス ココロサタメテ

 

フヌムエケ モトヲノコエオ

ワケシレハ クハルオタキニ

カソエウタ ヘネメオコホノ

ナソラエハ ヒトノヘナミノ

アマノハラ ムムネハキヨク

 

ツラツラト   =振り返ってよくよく、

オモンミテレハ =「アワウタ」を考えてみますと、

アメノリノ   =天の法則が書いてあって、

コトハノハナハ =言葉の始めは、

 

「ア」の「アワウタ」の意味の解釈:

 

アカハナマ   =「アカハナマ」です。

アタカクノホリ =この意味は、天高く暖かく昇る

アナルヒノ   =天の太陽が、

ワカハテルマツ =若葉を照らすのを待っている。そんな様子です。

タラチヲノ   =これは、両親のうちの父親の役割です。

 

イキヒニミウク =「イキヒニミウク」

ソヱウタハ   =この添え歌の意味は、

ヒノテノカセノ =日の出の朝に、爽やかな風が吹き、

ナルイキス   =生きる力が漲ってきます。

ココロサタメテ =やる気十分に心を定めるということです。

 

フヌムエケ   =「フヌムエケ」の意味は、

モトヲノコエオ =ここまでのヲカミの「ウタ」を見直して、

ワケシレハ   =その理由(わけ)を知ると、(「キ・ニ・ウ」)

クハルオタキニ =太陽の暖かさを、春の恵みに受け、動き生み出す、

カソエウタ   =この様な意味の、数え歌になっています。

 

ヘネメオコホノ =「ヘネメオコホノ」

ナソラエハ   =この譬えは、

ヒトノヘナミノ =人の考えや行いが、

アマノハラ   =天の原の様に、

ムムネハキヨク =心も体も清くあるべきだということです。

 

(「ア」のアワウタの大意)

 天高く太陽が昇り、暖かく若葉を照らす。これが父親の役割です。日の出の朝に、爽やかな風を全身に受けると、生きる力が漲ってきます。元気いっぱい仕事に励みましょう。そして、元気に働けるのも、自然の恵みや父親のお陰だと分かる事が大切です。行いを清くして、天に恥じないようにしましょう。

 

(ワノアワウタ)

 

モトロソヨ オコリアカシテ

カヱハニニ タカエウマルル

タトエウタ ヲテレセヱツル

タタコトノ ウタニミチヒキ

ウムクニノ マタクトホレハ

スユンチリ コトホキスクニ

ミオタモツ ヨヨナカラエノ

ヰワヒウタ シヰタラサヤワ

メハクニノ ツキトミヤヒオ

アミヤワセ ヰミナアラハス

アワノウタ 

 

「ワ」の「アワウタ」の解釈:

 

モトロソヨ   =「モトロソヨ」の意味は、

オコリアカシテ =育てて貰った恩恵に気がついて、

カヱハニニ   =今度は、土となってお返しをすると言う事です。

タカエウマルル =田へ(又は、助けを)返して、再生するということ。

タトエウタ   =このような意味の譬え歌です。

 

ヲテレセヱツル =「ヲテレセエツル」の意味は、

タタコトノ   =人の手助けの仕事をして、

ウタニミチヒキ =「ウタ」(嬉しい楽し事)を広め導いて、

ウムクニノ   =国を再興する。その教えが、

マタクトホレハ =隅々まで通るということです。

 

スユンチリ   =「スユンチリ」の意味は、

コトホキスクニ =寿命を全うすること。

ミオタモツ   =この世のうちは、身体の健康を保ち、

ヨヨナカラエノ =できるだけ、長生きすること。

ヰワヒウタ   =この様な意味の、祝い唄です。

 

シヰタラサヤワ =「シヰタラサヤワ」は、

メハクニノ   =女性は、国にご奉仕できる

ツキトミヤヒオ =後継を産んで、明るい家庭を

アミヤワセ   =築くことです。

ヰミナアラハス =この様にして、自分の役目を全うしなさい。

 

(「ワ」のアワウタの大意)

 恩恵に気がついて、今度は土となってお返しをする番です。人助けをして事業をなし国を復興させる。そして、この世のうちは、健康で長生きしましょう。女性にとっては、後継を産んで母となり、明るい家庭や国を築くことが大切です。自分の役目を全うするのが幸せな生き方です。

 

アワノウタ   =これが、「アワノウタ」の意味です。

 

 どうでしたでしょうか、何となく意味が見えて来ましたでしょうか。「アワウタ」「ア」「ワ」の関係で言いますと、前半が「アのアワウタ」で、特に男性の側になります。ですが、男女問わず人の前半生のウタでもあります。つまり、人が生まれて成長し、子を生むところまでの生き方が示されています。そして、「ワのアワウタ」は、女性の側の歌ではありますが、こちらも男女問わず人の後半生のウタになっています。子を産み終えたなら、今度は恵みをお返しして子育て、人助けをする側にまわります。そして健康で長生きして、亡くなるまでの生き方です。

 

(「ヲシテ」の48音図表から、「アワウタ」は作られています)

 

 先に言っていた「アワウタ」に意味が発生する原理についてですが、その理由は「ヲシテ」の48音図表の配列にあります。48音図表は、横軸は右から左へ「ア・イ・ウ・エ・オ」の順で態の変化を示しています。そして、縦軸は上から下へ10段階の成長過程を示しています。この表を使って「アワウタ」はできているわけですが、縦軸の成長過程を1〜5までと、6〜10までの半分に区切って、上段を右から左へ読んでいくのが「アノアワウタ」です。下段に降りて左から右へと読んでいくのが「ワノアワウタ」になります。こうすると、自然の配列に従うものですから、人の前半生と後半生、男性と女性の生き方の順のようになるのです。

 

 よく考えないと難しい理屈ですが、要するに、意味が成り立つのは「ヲシテ」の48音図表の配列の素晴らしさに起因しているということです。そして文字の配列だけでも、言葉や意味として成り立つ理由は、世界でも唯一、ヤマトコトハは一文字で成り立つ言語だからなのですね。これって、凄いことですよね!

 

 私自身も気づいて驚いたことではありますが、実はこの歌の意味については、「イサナギ・イサナミ」さんも特に解説しておられなかった可能性が高いです。その理由は、「ヲシテ」時代の人々には、音を聞いていたら意味が自然と理解できたからだと私は推測しています。現代人と違って、一文字の意味が深く理解できていた為に、繰り返しによって心に入って来ていたのではないでしょうか。

 

 アマテルカミも敢えて、意味の説明まではされませんでしたが、当然の意味は、百も承知。ヒルコヒメに説明している際に、こんなことを言われています。

 

ワ-098

アワウタハ ヤツノカタチニ

ムツノリノ ツネニサトシオ

クリカヱシテヨ

 

アワウタハ   =「アワウタ」は、

ヤツノカタチニ =(人の生き方が)8段階に分けて書いてあって

ムツノリノ   =6つの道のりを経て(人としてのゴールに到達します)

ツネニサトシオ =この、常のさとし(生き方の教え)を

クリカヱシテヨ =繰り返して、伝えて行って下さいよ!

 

※「ヤツノカタチ」=トホカミヱヒタメ、「ムツノリ」=アミヤ・シナウ という上位の解釈もできますが、一般人向けには、上のような意味で「アマテルカミ」はお話しされていると解釈しました。

 

(大意)

 「アワウタ」は、人の生き方を、見てわかるように8段階に分けて示してあります。生まれてからあの世に旅たつまでに、6つの道のりがあって、その段階ごとの教えがあります。ですから、あなた(ヒルコヒメ)には、是非ともこの両親の「イサナギ・イサナミ」さんが続けて下さった、「アワウタ」の常のさとし(生き方の教え)を繰り返して伝えて行って欲しいと思います。

 

 ただ、ヒルコヒメも意外にも、「アワウタ」の意味については、考えてみるまで気付かなかったようです。天才的な「マワリウタ」を作った方ですからね!これも不思議なわけですが、やはり関心の薄いことには気付きも少ないものですので、政治的なことに関わっておられなかったからかも知れませんね。何しろ、「国生み」という政治用語もご存知なかったのですからね。

 

 何れにしても、この「アワウタ」を用いて、「イサナギ・イサナミ」さんは言葉を直し、人の一生の生き方を教えて行かれました。その後を「ヒルコヒメ」が引き継ぐというわけですが、つまりこれは、「トノヲシヱ」でもあり、現代風に言いますと「道徳教育」ということですね。国の乱れを正して再興するには、まず「道徳教育」の普及がどうしても必要になります。また、国をまとめるには、言葉の統一ということも必要になります。 

 この両方の役割を担ったのが、「アワウタ」だったのだと思います。普及活動により各地で「アワウタ」を歌ってくれるようになれば、次は糧を得るための仕事の技術も教えることが出来ます。これが国生み事業(国家の再興)と考えても良いのではないでしょうか。

 

 さて、「道徳教育」による国の復興と言えば、明治政府により普及せられた「教育勅語」を思い出します。明治の初期の時代も、「イサナギ・イサナミ」さんの受け継いだ時代と似て、富国政策が優先となり、道徳が衰退した時代でした。最高学府の帝大でさえ、修身科目が無くなり実利を得る西洋学科のみとなったのを明治天皇が憂えて、「教育に関する勅語」を出されました。現代人が見るととても難しい内容に見えますが、天皇が直接国民に語りかける、とても優しい文体で書かれています。小学生も暗唱し日本を1つの心にまとめるのに、実に絶大な効果がありました。

 

 「アワウタ」も、この時代のまさに「教育勅語」だったように思えます。実際、ヲシテ時代のほとんどの民は、そんなに難しいことも分からず、とても分かりやすい「アワウタ」が心の支えになったのではないかと想像できます。ですから、「アワウタ」を歌う本当の意味は、「清々しいとか、健康に良い」というだけではなくて、歌が語りかける意味に耳を傾け、こころを合わせる事。「ヲシテ」時代の人々に聞こえていた、言葉の意味に気づく事が大切なのだと、私は思っています。

 

 最後に是非もう一度、ヒルコヒメの解説の箇所を読み直してみて下さいね。それにしても、何故「ニフノカミ」なのか?アマテルカミは、どんな意味でこの名前をお与えになられたのか。1つ目の理由は、「ニフ」(=朱色の原料)を扱う守(カミ)としての意味、2つめは、「ニフ」(=「ニ」の優しい心を伝える)守「カミ」、つまり「アワウタ」の普及を任されたということですね。そして3つめの理由は、「ニフ」(=鈍い)守「カミ」、つまりいつもは鋭い「ヒルコヒメ」(ワカヒメ)ですが、「アワウタ」に関しては、自分に普及のお役目があることに気がつくのが遅かった。「あなた、鈍かったね!」と言う、アマテルカミのユーモアなのかもしれませんね。(笑)

 

 以上です。

 

 

「う」の特殊文字の読み方「ウン」に関する考察:(その2)

  • 2020.01.24 Friday
  • 20:53

 

 前回も、「う」の特殊文字の読み方「ウン」に関する考察をしましたが、前回は赤ちゃんの泣き声の説明からからでした。今回は、もっと分かりやすくて、イサナギ・イサナミさんの「ツクハウタ」の説明から、「う」の読み方を考察してみたいと思います。本当は、こちらから先に考える方が、良かったですね!)^o^(

 

 では、今回も『ワカウタノアヤ』から、次の箇所を考えてみたいと思います。

その前に、今回考える箇所は、三文字ばかり、原文に間違いがあるのではないか?と、思います。

やはり、写本を見て見ますと、「ワカウタノアヤ」の場合は、初学の段階で写されたものだと思えますので、それほど丁寧に写されているわけではありませんし、ルビの間違いも明らかにあります。本文も何文字かは間違っていると考えても不思議ではないので、何度読んでも意味が通らない場合は、誤字の可能性も考えられます。

 もちろん、超古語で深い意味がある場合もありますが、ちょっと置き換えるとスッキリ意味が通るものや、文字の線の突き出しが多い少ないを考慮するだけで、意味が通るものに関しては、誤字だと判別できると思います。

 その様な理由で、今回は下のページに、三文字の誤字の疑いを考慮させて頂きました。

 

ウン ウンニツテノ」とありますが、

正しくは、

ウン ウンニツテノ」ではないでしょうか?

 

 やはり、間違った言葉では、解釈もできませんので修正して考えたいと思います。

 

 

 

(緑枠が誤字だと思われます。白地に赤字で横に書いてある箇所が、修正文字です)

 

ワ-011

コノユエニ フタカミオホス

ネコエミチ オノコロシマノ

ナカハシラ メクルヲカミノ

クチヒルオ ヒラクアネヨリ

ノヘツツク ミウタオアミテ

アナニヱヤ ツヰテフタツハ

クチフサキ フクイキムレテ

ウン ウンニツテノ

ツキウタハ ウマシオトメニ

オトメニト ナナネニアタル

(※黄色は、修正箇所)

 

メクルヲカミノ =巡る男カミが、

クチヒルオ   =唇(くちびる)を

ヒラクアネヨリ =開いて、「ア」の音から

ノヘツツク   =述べ続けます。

ミウタオアミテ =御歌を編んで、

アナニヱヤ   =「アナニヱヤ」

ツヰテフタツハ =次いで二拍の間を開けて

クチフサキ   =口を塞ぎ、

フクイキムレテ =吹く息がドッと出て、

ウン   =物事を結ぶ「ウン」の言葉が出ます。

ウンニツテノ =「ウン」につながる

ツキウタハ   =継ぎ歌は、

マシオトメニ =「ウン・マシオトメニ」

オトメニト   =「オトメニ」と、

 

 特殊文字の「う」の読み方について説明がされているのは、この箇所です。

「ツヰテフタツハ クチフサキ フクイキムレテ ムスフウン

(次いで二拍の間を開けて、口を塞ぎ、吹く息がドッと出て、物事を結ぶ「ウン」という言葉を発します。)

 

 この表現は、たぶんとっても美味しいものを食べたり飲んだりした時に、

うんまいなー!」(о´∀`о) と言った時の発音に似ていると思います。

 

 さて、この場合はやっぱり「ヲカミ」(=男性のカミ)のウタの方には、特殊文字の「う」が使ってあって、「メカミ」(=女性のカミ)のウタの方には使ってないので、ウン・マシオトメニ」と言った場合は、特に子を産んでもらいたいという思いが、この文字に込められているように思えます。下の写本の文字を見て見ても、「アワ」の時の特殊文字とは違って、子宮に胎盤がつながっているような形に見えます。

 

(「ウン・マシオトメニ」という箇所の拡大図)

 

 以上、「う」の特殊文字の読み方に関する考察でした。

ここの箇所が難しかったのは、大事なところに文字の間違いがあったからではないかと思います。

 

 本来ならば、◯「ムスフウン」のところが、×「フスムウン」ですからね!(汗)

「ムスフウン」(=結ぶ「うん」)とは、人と人とを結ぶ、肯定の「うん!」でもあるわけですよね。やはり、縄文の古代から、「うん!うん!」と、何でも肯定的に頷くことが人との繋がりを作り、新しいものを生みだすことが出来るって、教えがあったのですね。

 今回は写本のデータを見直せましたお陰で、特殊文字にも気がつくことができて良かったです。

 

また、コメント等ございましたら、宜しくお願いいたします。

 

 

追記(1月25日):「あ・うん」について思うこと:

 

 「あうん」というと、神社の獅子狛犬の口が開いた状態と閉じた状態で、宇宙の始めと終わりを表すという話を子供の頃に聞いた覚えがあります。漢字では「阿吽」(あうん)と書きます。日本古来の考え方ではなくて、インドから伝わったことのようでしたが、何か深い宇宙の理(ことわり)を表しているのだろう、いつか分かると良いなくらいに思っていました。

 「ヲシテ」のモトアケの図を見た時に、真ん中に「アウワ」と書いてあるのを見て、もしかしてこれが「あうん」のルーツなのではないか?と思いました。しかし、「あうん」ではなくて「アウワ」なので、どこに「あうん」が出てくるのか?やはり、似ていて違うものなのか?とも思っていました。

 ところが、『ワカウタノアヤ』のアマテルカミの説明から、読むときは軽く「ン」がつき「ア・ウン・ワ」や「ア・ウン・ヌ」と分かれますが、「ア」(=天の大元)から生まれるときは、やっぱり「ア・ウン」なんだと思いました。

 「あ・うん」で宇宙が始まり終わるのではなく、「あ・うん」で宇宙が始まり「わ」(=地球)ができたという話は、日本古来の考え方で元々あったのではないか?と、この話から思います。

 

追記2(1月26日)「ワカウタノアヤ」の文字の間違いの追加:

 

 「ワカクタノアヤ」の見直しをしていましたら、もう1箇所、間違いが考えられる箇所がありました。

 

疑問箇所1:ワ-031

ミチアキテ タツナカツホノ

チマ「ト」ヨリ テニオハニツキ

※チマ「タ」の間違いだと思います。

 

 ナカツホの「チマタ」と言うのは、中心都市となる「アワクニ」安曇川流域のことなので、「チマト」という特別な言葉と捉えるより、普通に「チマタ」と取れば良い様に思います。用例も他に6つほどあります。

 

用例1:ホ24-28(4871)

チマ「タ」カミ ミノタケソナタ

 

用例2:ホ24-30(4878)

チマ「タ」カミ サメテカクスル

 

用例3:ホ13-38(2268)

ツチカセノ チマ「タ」ニシヰノ

 

用例4:ホ24-30(4878)

チマ「タ」カミ サメテカクスル

 

用例5:ホ29-39(7672)

ミコトノリ チマ「タ」ニアタノ

 

用例6:ホ39-7(10021)

チマ「タ」カミ ナカニヱミシラ

 

特殊文字の「う」が、「ウン」と読むことについての考察:

  • 2020.01.24 Friday
  • 11:39

 

 今日は、特殊文字の「う」が「ウン」と読むことについて、考えてみたいと思います。

 

 先に、赤ちゃんの産声(うぶごえ)の「ア・ヌ」という3音について、この真ん中の「ウ」の音が「ア」(=宇宙の初発)から、「ヌ」(=実体)を生み出すという話をしていましたが、もう少し詳しく見てみますと、実はもう一音あるようなのですね。それが、「ウ」の後の「ン」という音です。『ワカウタノアヤ』の写本は、池田先生が写真刷りで全部本に載せて下さっていますが、「アウワ」の部分を拡大して見ると、「ウン」とルビが打ってあります。やっぱり、特殊文字の「う」「ウ」の発音の後に「ン」と続くみたいなのですね〜。ということで、「ン」について考えて見たいと思います。

 

(特殊文字の「う」が使われる「アウワ」)

 

 今回取り上げる個所も前回と同じなので、「ワカウタノアヤ」の繰り返しになりますが、特殊文字の「う」は、宇宙創生や生命の誕生の大元になる文字だと思いますので、重要な意味を含んでいるのだと思います。

以下の文章の後半に注目して見てみて下さい。

 

ワ-065

コヒヱカヒ トキニアマテル

ミコトノリ ウイノメクリハ

アノオシテ アメツチワカツ

カタチナリ ヒトノウイネモ

ニアミテ クチフサキフク

イキムレテ ハナニカヨヒノ

ウヌノネハ モトアカノホル

オシテヨリ ミツニワカレテ

キヨキト カロクチリ

ナカノト ミタマヒオウム

アネトナリ ツキウムツチオ

ムスフフサ

 

ウイノメクリハ =「ウイ」(=宇宙初発)の巡りは、

アノオシテ   =「ア」(=ぐるぐるの「ア」)のヲシテの形です。

アメツチワカツ =天・地を分ける

カタチナリ   =「カタチ」(=形・エネルギーの齎し)です。

ヒトノウイネモ =人の「ウイ」(=最初に発する)「ネ」(=音)も、

            (「ウイネ」=生まれたての赤ちゃんの泣き声のこと)

ニアミテ   =天に倣って「ア」から始まり、

クチフサキフク =口を塞いで吹く、

イキムレテ   =息がムレて、

ハナニカヨヒノ =(息が)鼻に通って出るので、

ウヌノネハ   =「ウヌ」という音が出ますが、

モトアカノホル =大元の「アカ」(=アのエネルギー)が昇る形の

オシテヨリ   =(ぐるぐるの「ア」の)ヲシテ文字から順に、

ミツニワカレテ =三つに別れて、

キヨキト   =清い「ウ」と、

カロクチリト =軽くて消えやすい「ン」と、

ナカノト   =「ナカ」(=長い・発生・中央)の「ヌ」とに別れます。

ミタマヒオウム =このように、赤ちゃんの「ミ・タマ」(=身と魂)を開きます。

アネトナリ   =これが、赤ちゃんの泣き声の「ア・ネ」(最初の音)です。

 

 

 前回の記事では、「ア」から三つに分かれて、というところを「ア・ウ・ヌ」と三つに別れると解釈しましたが、

今回は詳細に見て、やはり「ア」→「ウ・ン・ヌ」と三つに分かれてと、アマテルカミは言っておられると取りました。この箇所の解釈が難しい理由は、「ツクハウタ」の説明で特殊文字の「う」の読み方の説明はありましたが、ヒルコヒメが人の最初の「ネコエ」についての質問をしたものですから、赤ちゃんの産声の話に移っているため、「ア」・「ウ・ヌ」という文字が、単なる音声として書かれているため、特殊文字ではないからです。以下に、書かれている箇所を写本で示します。

 

 

(「ア・ウヌ」の中に「ア・ウ(ン)ヌ」と弱く(ン)の音が入るという説明の個所)

 

 

 しかし、この話は特殊文字の「う」のつづきで考えられているので、「ア・ヌ」「ウ」も特殊文字で書かれる「う」のことだと思います。そうしますと、「ワカウタノアヤ」の写本のルビのように、特殊文字の「う」→「ウン」と読んだ方が良いし、「ン」は意味があってつけてあると思えるのですね。

 

 そうなりますと、宇宙が開ける時は「アウワ」かと思っていましたが、読む時は厳密には、「ア・ウン・ワ」ということになりますし、赤ちゃんの産声も「ア・ウン・ヌ」となりますね。前回も「ウ」は結びつける力(引力)だと言うお話はさせて頂きましたが、更に「ン」もが後ろに付いてきましたね。

 

(宇宙の誕生と、赤ちゃんの産声の図)

 

 

 では、「ン」「ウ」の後ろにつくと、どうなるのか?ここからは、私が考えるところになりますが、これは「ヲシテ」の48音図表をじっと見ていて考えたことです。

 

(「ヲシテ」の48音図表)

※「ウ」から始まり、「ン」が「ヌ」まで引っ張っている様に見えませんか?

 

 

 この表で見る様に、「ン」は、「ウ」行の「おわり」、段階でいうと10段階目になります。10=「ト」は外で、空の上から見ている視点だと私は思っています。つまり、天の「カミ」が見守って下さっているということではないでしょうか。何かを生み出す時には、「ウ」の動くということも必要ですが、その後ろの「ン」の文字は、カミが見守り恵みを齎して下さるということを示していて、その哲学がこの文字に込められているように、私には思えました。

 

 日常を振り返っても、何かを生み出す時は「ウン」と力を入れますよね。赤ちゃんを産むときも、「ウン」と息むでしょうし、生まれた赤ちゃんも「ア・ウン・ヌ」と、泣いて成長が始まります。うんちの時も、「ウン」と力みますよね。(笑)

 

 また、アマテルカミは、宇宙発生の原理を「ア・イ・ウ・エ・オ」のヲシテ文字を使って、教えて下さっています。ここで気がつくことは、宇宙がビッグバンによって発生しても、引力と言うものがなかったら、「エ」と流れてしまうと言うことです。

 

ワ-079

オシテヨリ ハイヤフレ

トナカレ ワトナリ

アハウツ イハカセウハ

エノミツト オノハニヰツネ

 

オシテヨリ   =「ヲシテ」文字の形と配列でも分かりますが、

アハイトヤフレ =「ア」は破れて「イ」となり、

エトナカレ   =「エ」と流れます。

トナリ =ところが、ワの「ウ」「オ」になります。

アハウツホ   =「ア」というのは「ウツホ」で、

イハカセウハホ =「イ]は「カセ」、「ウ」は「ホ」

エノミツト   =「エ」は「ミツ」

オノハニヰツネ =「オ」は「ハニ」この五つの元素が発生します。

 

(大意)

 「ヲシテ」の文字の形と配列でもよく分かりますが、「ア」の形の「ウツホ」(時空の凝縮)のエネルギーが破れると、「イ」の形の「カセ」が起きます。それが、「エ」の形のような「ミツ」になって流れます。

 一方、「ワ」(地)ができる場合は、「ウ」が作用します。「ウ」には結ぶ力(引力)があり「ホ」は、生み出す力です。これが作用すると、固形物を意味する「オ」の形の「ハニ」(固体)ができます。このように、五つの元素が発生します。

 

 

 この説明の様に、「ア」のエネルギーが破れて、宇宙がビッグバンにより発生しても、そのままだとエネルギーは流れて、拡散して行ってしまいます。ところが、そこに「ウ」という結合力(引力)があることによって、天体や物質を生み出すことが出来ます。

 しかし、「ウ」だけではなくて、48音図表で見ると分かる様に、遠くから「ン」というカミが引き寄せてくれているから「ナカノヌ」(=真ん中の「ヌ」)となり、生命が生まれるそのことを、「う」の特殊文字は示しているように思えますが、皆様はどうお感じになられるでしょうか?

 

 

天地開闢七所比較:「ウヰ」と「ウヌ」とは何か?についての考察:

  • 2020.01.21 Tuesday
  • 17:46

 

 今回は、1月のヲシテ講習会で「天地開闢(てんちかいびゃく)七所比較」の表を使って説明して頂いたのですが、その中で、中々難しい言葉が出てきました。

「ウヰ」「ウヌ」という言葉です。そこで、これが何か?ということなのですが、池田先生も考えておられてましたので、私も改めて考えてみました。

 

 「天地開闢」の話は、池田先生が作ってくださった表でも分かるように、何と七章にも渡って述べられているのですね!講習会で改めて見せていただいたら、七所もの対比が意味ごとに精緻にされていて、とても分かりやすかったです!

 その中の単語としては、専門用語のように使われるのもいくつかあって、「アメ・ツチ」「アワ・ウビ」「アホ・ウヒ」「ヲ・メ」「ウヲセノムネ・ウメノミナモト」等については、既に検討がついているのですが、18アヤに出てくる、特殊文字の「ウヰ」「ウヌ」という言葉は、他のアヤに用いられていない単語なので、どういう意味か検討がしづらいという事なのですね!(その箇所を下に示します。)

 

(『記紀原書・ヲシテ』の18アヤ:「ウヰ」と「ウヌ」の箇所)

 

(今回から、写本データも貸して頂けましたので、特殊文字も詳細に見られます)

 

 

 そこで、私が思いましたのは、この言葉が分かりにくいのは、天地開闢についての用語というよりも赤ちゃんの発生(発声)に関して用いられる用語を天地開闢にも用いたからではないか?ということです。縄文哲学では、天地開闢と人体の宇宙といいますか、赤ちゃんの発生過程も宇宙の発生と同じと考えていて、宇宙を人体に、人体を宇宙に例えらえれることが多いからであります。

 つまり、「ウヰ」「ウヌ」という言葉は、人体の発生過程に用いられている用語を、当てて使っている可能性があるという事になります。勿論これは、私の仮定による論考なのですが、「ウヰ」「ウヌ」について、人体の宇宙として考えられている箇所を2箇所あげて、今回は考察して行ってみたいと思います。

 

 一つは、『ホツマツタヱ』14アヤ男の子と女の子を生み分ける方法について語られている箇所、

 そしてももう一つは、『ミカサフミ』「ワカウタノアヤ」で、生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声、つまり産声が、宇宙発生の際の「ア・ウワ」と似ていて、「ア・ウヌ」というという声から、人体の宇宙が生成されると語られる箇所があります。二つの箇所のどちらもが、アマテルカミが語れているお話ですから、興味深いですね。

 

 ではまず、問題の18アヤの「ウヰ」「ウヌ」が出てくる箇所から、文章の流れを見て行ってみましょう。これを分かりやすいように、下に訳してみて、その次に大意を書いてみました。

 

ホ18-5(3550)

アメツチノ アホウヒイマタ

アメミヲヤ アテオムスヒテ

フクウツホ キハナクメクリ

ウヰウヌ ウヌムスヒテ

アマツクリ ウヌマシリテ

ウハムスヒ ウヒオクニタマ

 

(天のでき方と地のでき方の話)

 

アメツチノ       =天地開闢(てんちかいびゃく)の際に、

「アホ」「ウヒ」イマタ =「アホ」(=太陽の前段階)と「ウヒ」(=地の前段階)がまだ別れていない時、

「ア」「メ」ミヲヤ   =それは、まだ「アメミヲヤ」しか存在しない時です。(アメミヲヤは、)

「ア・テ」オムスヒテ  =「ア・テ」(=ウヰのヒトイキ)の方法を使って、

フクウツホ       =「ウツホ」(=時空)を発生させました。

(キハ)ナクメクリ   =「キハ」(キを降ろす場所・惑星又は、障害物)もなく巡り、

「ウヰ」「ウヌ」   =先ずは、「ウヰ」(=「ヲ」陽)「ウヌ」(=「メ」陰)が生じます。

「ア」「ウヌ」ムスヒテ =次は、「ア」(陽)が、「ウヌ」(陰)を包み込んでしまって、

アマツクリ       =天(太陽の元)を創り、

「ウヌ」「ア」マシリテ =反対に、「ウヌ」(陰)が、「ア」(陽)を従えて、

(ウハ)ムスヒ     =上向きに繋がり、

ウヒオクニタマ     =「ウヒ」が地球になります。

 

(大意)

 天地開闢の際のことです。「アホ」(=天の大元)と「ウヒ」(=地の大元)にもまだ別れていない、「アメミヲヤ」だけが存在していた時のことです。「アメミヲヤ」は、「アテムスヒ」(=ウヰのヒトイキ)で、「ウツホ」(=時間と空間)を発生させました。障害となるものはまだ何もなく「ウツホ」は巡ります。

 先ずは、「ウヰとウヌ」(陽と陰)の二つに別れました。次の段階では、「ウヰ」(陽)が「ウヌ」(陰)を包み込んで、天を創ります。その反対に、「ウヌ」(陰)が「ア」(=「ウヰ」陽)を下から上へ従えて、「ウヒ」(地の大元)ができて、それがやがて地球になります。

 

 ここで、「ウヰ」「ウヌ」という言葉が出てくるわけですが、これを私は「ウヰ」(=「ヲ」陽)と「ウヌ」(=「メ」陰)の対に当てはめて考えました。これは、七章比較の他のアヤにも出てくることですが、「ヲ」(=陽)と「メ」(=陰)という様に対になって出てくる言葉なので、これに倣って考えても良いように思いました。

 

 また、「キハナクメクリ」「キハ」ですが、この「キハ」『タカマナルアヤ』に出てくる「ヤスミキハ」「キハ」と同じ意味だと考えられます。当初私は、「キハ」(=隅っこ)くらいの意味に思っていましたが、改めて考え直してみました。そうしましたら、「キハ」(=「キ」のエネルギーを下ろす場所)ではないか?と、気がつきました。つまり、「キハ」の一番分かりやすい例は、地球ですね。地球には「トホカミヱヒタメ」八つの「キ」が降ろされます。また月や未熟な天体も「キハ」に入るのではないでしょうか。惑星や衛星だけではなく、障害物も含めて、この場合は「キハ」と表現されていて、特にこの場合は障害物というような意味ではないかという様に思いました。

 

 さて、いよいよ、「ウヰ」(=「ヲ」陽)「ウヌ」(=「メ」陰)の関係が示されていると考えられる、14アヤに入りたいと思います。このアヤでは、男の子と女の子の産み分けの方法について述べられています。「アマテルカミ」が、後継となる男の子を産むために、秘策を伝授してくださっているのですね!それも、「日の御霊を受け継いだ、この私が保証しますので、信じてやって見てください!」と、力を込めて「アグリ」の仕方を教えて下さっています。「アマテルクニハ ワガミタマ アリトシルベシ」有難いですね!!(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 では、前のアヤと同様に、訳と大意の順に見て行って下さい。

 

ホ14-26(2451)

ウマルナリ タトエアレト

ヨツギナク ヱントオモハハ

クリシレ アサヒノウルオ

ミニウケテ コミヤニアレハ

ヨルナミト トモニメクレト

ハサキニ オツツムユエ

セハメラレ ツヒニホスヱノ

ハセイテテ ミトリシチナル

ノハシメ コレヲノコウム

アクリナリ メノコハサキニ

ツキヤトリ ノチヒオマネク

ハハヤク ハツツマレテ

シチナラス タマシマカドニ

イヱリナス コレメノハシメ

 

(男の子のでき方と、女の子のでき方の話)

 

タトエ「メ」アレト =たとえ「メ」(女の子)があっても、

ヨツギナク     =世継ぎとなる男の子がいなくて、

ヱントオモハハ   =(男の子を)得ようと思うならば、

「ア」クリシレ   =「アクリ」を知って行いなさい。

アサヒノ「ウル」オ =朝日の「ウル」を

ミニウケテ     =身体に受けて、

コミヤニアレハ   =子宮に卵がある時期なら、

ヨル「ナミ」ト   =夜の「ナミ」と、

トモニメクレト   =共に巡っても、

「ヲ」ハサキニ   =「ヲ」(陽)が先に、

「メ」オツツムユエ =「メ」(陰)を包み込むので、

セハメラレ     =(「メ」が)狭められ、

ツヒニホスヱノ   =遂に、「ホスヱ」が、

ハセイテテ     =馳せ出て、

ミトリシチナル   =赤子の体がなって「シチ」(=男性器)が発生します。

「ヲ」ノハシメ   =「ヲ」(=男の子)の初めとなります。

コレ「ヲ」ノコウム =これが、男の子を産む為の、

「ア」クリナリ   =「アクリ」です。

「メ」ノコハサキニ =女の子が生まれる場合は、先に、

ツキヤトリ     =月(陰)が宿って、

ノチヒオマネク   =後に、日(陽)を招く場合です。

「メ」ハハヤク   =「メ」(陰)が早いと、

「ヲ」ハツツマレテ =「ヲ」(陽)は包まれて、

シチナラス     =「シチ」(=男性器)が発生しません。

タマシマカドニ   =「タマシマ」の「カド」に、

イヱリナス     =入り込んでしまいます。

コレ「メ」ノハシメ =これが、女の子のはじめになります。

 

(大意)

 たとえ、「メ」(女の子)が生まれていても、世継ぎとなる「ヲ」(男の子)が生まれていないくて欲しいと思うのなら、これから「アクリ」を説明しますから、それを行いなさい。「アクリ」というのは、朝日の「ウル」(=暖かい陽光)を身に受ける事です。母体に卵がある時期なら、夜の「ナミ」(冷たい月の陰光)が少し残っていても、朝日の「ヲ」(陽)の力が優位になるので、「メ」(陰)の力が狭められて、遂に「ホスヱ」が出て、「シチ」(男性器)が成ってきます。これが、男の子を産む為の「アクリ」です。

 またその反対に、女の子が生まれる場合は、先に月(陰・冷たい夜ナミ)が宿って、後に日(陽)を招く場合です。(つまり、女性が元気な場合か、夜更かしが考えられますネ!)「メ」(陰)が優勢になると、「ヲ」(陽)は包まれて、「シチ」(=男性器)が成ってきません。「タマシマ」の「カド」に入り込んでしまいます。これが、女の子ができる初めになります。

 

 この14アヤでは、「ヲ」(男の子)「メ」(女この子)ができる仕組みが、それぞれ述べられていて、18アヤの「ウヰ」「ウヌ」も対比して考えられますね。そうしますと、やっぱり「ウヰ」(=「ヲ」陽)「ウヌ」(=「メ」陰)と考えても良い様に思えるのではないでしょうか。

 

 

(天地開闢の「ウヰ」と「ウヌ」は、赤ちゃん泣き声と関係しているという説明図)

 

 

 次に、ではいったい「ウヰ」「ウヌ」という言葉は、他のどこに使われているのか?という事ですが、そのヒントになるのが、次の『ワカウタノアヤ』の赤ちゃんの「ウイネ」(産声)の説明のところに使われている「ウイ」「ウヌ」という言葉ではないか、と思ったのです。(赤ちゃんの産声は、上の図に描いてみました。)

 また、順に訳と大意を見て行って下さいね。

 

ワ-065

コヒネカヒ トキニアマテル

ミコトノリ ウイノメクリハ

ノオシテ アメツチワカツ

カタチナリ ヒトノウイネモ

アニアミテ クチフサキフク

イキムレテ ハナニカヨヒノ

ウヌノネハ モトアカノホル

オシテヨリ ミツニワカレテ

キヨキウト カルクチリント

ナカノヌト ミタマヒオウム

アネトナリ ツキウムツチオ

ムスフフサ ウアノワオウム

タマノヲモ アワトワカレテ

ソトハアニ ナカハワトナル

 

(赤ちゃんの産声は、「天地開闢」に似ているという話)

 

「ウイ」ノメクリハ =「ウイ」(=宇宙初発)の巡りは、

「ア」ノオシテ   =「ア」(=ぐるぐるの「ア」)のヲシテの形です。

アメツチワカツ   =天・地を分ける

カタチナリ     =「カタチ」(=形・エネルギーの齎し)です。

ヒトノ「ウイ」ネモ =人の「ウイ」(=最初に発する)「ネ」(=音)も、

            (「ウイネ」=生まれたての赤ちゃんの泣き声のこと)

「ア」ニアミテ   =天に倣って「ア」から始まり、

クチフサキフク   =口を塞いで吹く、

イキムレテ     =息がムレて、

ハナニカヨヒノ   =(息が)鼻に通って出るので、

「ウヌ」ノネハ   =「ウヌ」という音が出ますが、

モト「ア」カノホル =大元の「・カ」(=アのエネルギー)が昇る形の

オシテヨリ     =(ぐるぐるの「ア」の)ヲシテ文字から順に、

ミツニワカレテ   =三つに別れて、

キヨキ「ウ」ト   =清い「ウ」と、

カルクチリント   =これは、軽くて消えやすいです。また

ナカノ「ヌ」ト   =「ナカ」(=発生)の「ヌ」とに別れます。

ミタマヒオウム   =このように、赤ちゃんの「ミタマ」(=御霊)開きを生じます。

アネトナリ     =これが、赤ちゃんの泣き声の「ア・ネ」(最初の音)です。

ツキウムツチオ   =(「ウ」はあたかも)地球が月を産んで、

ムスフ(フサ)   =その間を結んでいる総(ふさ)のようなものです。

「ウ」「ア」ノ「ワ」オウム =「ウ」は、「ア」(=天)と「ワ」(=地)の結びつきを生じます。

(タマノヲ)モ   =これは、「タマノヲ」とよく似た関係ですね。

「ア」「ワ」トワカレテ =「ア」(=天)と「ワ」(=地)に別れて、

ソトハ「ア」ニ   =外側は、「ア」(=天)になり、

ナカハ「ワ」トナル =内側は、「ワ」(=地)になります。

 

(大意):

 「ウイ」(宇宙初発)の巡りは、ぐるぐるの「ア」のヲシテの様で、これが、天・地を別ける「カタチ」なのです。人の「ウイ・ネ」(産声)も天にならって、「ア」から始まり、次は口を塞いでその息が鼻を通って、「ウヌ」という音が出ます。(つまり、生まれたての赤ちゃんの「アーウヌ!」という泣き声ですネ!)

 これは、大元の「ア」のヲシテから、三つに別れて、清い「ウ」(これは軽くて消えやすいです)と、それに身を齎らす「ヌ」との3つの音になります。(ア・ウ・ヌの三文字ですネ!)このようにして、赤ちゃんの最初の「ア」の泣き声は、天地開闢の様に肉体と魂を開いて行きます。

 先に、「ウ」は軽くて実態を持たないと言いましたが、それはあたかも月と地球を結ぶ「フサ」(引力)のようなものです。「ウ」が「ア」(天の初発)から「ワ」(地)を産む助けになっています。(つまり、地上は「ウ」(=引力・産む力)で天と繋がっているという事ですネ!)これは、「タマ」と「シヰ」を結ぶ「タマノヲ」ともよく似ています。このようにして、「ア」(天)と「ワ」(地)に別れて、外がは「ア」(天)に、内は「ワ」(地)になります。

 

 以上、この『ワカウタノアヤ』を見てみますと、「ウイ」とは赤ちゃんのウイネ」(産声)の「ア」のことであり、また「ウヌ」とは、赤ちゃんの産声の成長を促す「ウヌ」という声でもあります。

 ここのところが、18アヤの「ウヰ」「ウヌ」という言葉に似ていると、私は感じました。混合して使われている原点は、ここのところにあるのではないでしょうか。この様な理由で、18アヤの「ウヰ」「ウヌ」は、「ヲ」(陽)「メ」(陰)に対比させて考えても良い様に思いました。勿論、宇宙と赤ちゃんの成長を一緒にしていますので、厳密な対応はできませんけどね。

 

 最後に、赤ちゃんの産声の「ア・ウ・ヌ」もそうですけど、天地の発生も「ア・ウ・ワ」、人の心も「タマ・タマノヲ・シヰ」と三つ揃っている様に、真ん中の一つは見えないものですが、お互いに結び合う力なのですね。そのことが書いてありましたので、表にまとめてみました。「アウワ」「ウ」は、引力だったのですね。また、鳥の「鵜」(う)も「結ぶ鳥」と考えると何故「う」というのかが見えてきます。

 神武天皇の時に、「コカネノトリ」が出てきたり、を見てイカタを作ったり・・

・・・興味は尽きることがありませんね!(^ν^)♪

 

(二つのものを繋ぐ、見えない結ぶ力(引力)があることが考えられていました。)

 

(感想):

 今回は、「ウヰ」「ウヌ」の関係を見てみましても、宇宙開闢の原理も、人体の発生の原理も、赤ちゃんとして生まれて、これから成長する過程においても、フラクタル(どの微小部分にも全体と同様の形が現れる自己相似性)に考えられていた、縄文哲学の奥深さを感じずにはいられませんでした。自然を深く観察し、どこまでも自然に忠実に、人の生き方、社会のあり方を考え続けてくださったのが、ヤマトの祖先の「カミ」だった事に感謝したいと思いました。

 

 以上です。また、ご意見やコメントなどございましたら、宜しくお願いいたします。(^○^)

 

 

追記:(1月22日)

 

 「ウヰ・ア」=「ヲ」(陽)、「ウヌ」=「メ」(陰)と、説明のために安易に置き換えをしましたが、漢字の置き換えでは概念がちがってきますので、やはり本当は、適当ではないと思っておりました。

 池田先生のご指摘により、「ウヰ・ア」と「ウヌ」は、宇宙が発生した時の、原初的な「ア」と物質化の「ウヌ」の強弱の関係で考えた方が良いと思いました。益々分かりにくくなるとは思いますが、現代語での説明は難しいですね。そこのところはご配慮して読んでいただきたいと思いました。

 

京都「ヲシテ講習会」2020年1月(18日)のご報告です。

  • 2020.01.19 Sunday
  • 16:35

 

 京都のヲシテ講習会も新年の第一回は、記念すべき通算48回目(ヨソヤ)を数え、少し時代も進んで来たような「兆し現る」段階に入ったようです。池田先生もこのところ、良い出逢いが続いておられるようで、ヲシテ講習会へも新しく頼もしい生徒さんが集まって来てくださっています。

 

(送って頂いた「カク」です)

 

 

 先生の机の前には、カクの木の実も送ってきて頂いて、飾ってあります。

これは、ヤマト建国の木なのですね。「橘=タチハナ」とも言い、国の「タチハナ」(=建ち初め)の記念樹の意味も伝わってきますね。葉っぱを少し齧らせて頂きましたが、とっても芳しい香りが口の中に広がりました。

 そして、今回の掛け軸は「ヒノミタマ」。太陽の御霊(みたま)の事ですね。写メ撮り損なって、片付ける時に気がつきました。

 

(掛け軸には、「ヒノミタマ」と書いてあったのだと思います・・・)

 

 

 今回の講習会の内容は、『ミカサフミ 』の2回目、2アヤ「サカノリノアヤ」です。このアヤは、お酒の由来についての話ですが、アマテルカミに寄る天地開闢から7代のイサナギ・イサナミさんまでの歴史が書かれており、スズメを見てスクナミカミが初めて造った「ササケ」、ソサノヲさんの「マタシホリサケ」の事までに至っています。お酒の由来を説明するのに、アマテルカミが一々、天地開闢から説明をされるというのも、最初の最初がとても大切だからだと思います。

 現代宇宙物理学にも近い内容がさも当然のごとくに語られていることにも驚かされますが、国造りの歴史もよくわかって、とても興味深い内容になっています。今回の講習会のご報告では、とても語りきれませんので、この内容は改めて書かせて頂きたいと思います。

 

 また、今回ページ数が少なくて時間に余裕があった為か、「天地開闢の七章比較」の表で、縄文哲学の中核をなす、この教えについても講義してくださいました。しかし、ここはまだ難解な箇所が多いので中々説明が難しいところです。これについても、また項を改めて考えてみたいと思います。

 

 ということで、講義の内容については次回にして、今回から新しくなったのは、朗読を何ヶ所かに区切ってやっていただけたことです。これによって、居眠りしていた人も目が覚めるという効果があったようです。(笑)説明と原文の対比がしやすくなるので良いと思っていましたが、意外な効用でした。これは、私が池田先生に提案させて頂いたことですが、全部まとめて最後に朗読よりは気持ちが楽で、良かったと思います。ありがとうございました。( ◠‿◠ )

 

 更に、今回初めての企画は、書取りの練習の時間が少しあったことです。池田先生がホワイトボードにヲシテの原文を書いて行ってくださったので、書く所を見て、書き順がわかったと思います。それほど文字数がないので、少し見ていれば初めての方にも分かると思います。私も2年間経ってやっと池田先生のヲシテの筆順を見せて貰えて、新鮮な気持ちでした。ヲシテの文字を書くことは大切ですね。

 

(『ヲシテ』(上・下)が入ってしまう手帳:前はもう少し大きかった!段々小さくなります・・)

 

 

 そしてそして、こんな事を発見するのも学びの一つです。知らない人は何が書いてあるか、殆どわからないでしょうが、このノートにはナント!『記紀原書・ヲシテ』上下巻が全部入るのだそうです。うっすい一冊の手帳です。それを鉛筆で書いて仕上げている人がいました。先日も、「京都の講習会にはすごい人がいるらしいですね!」と大阪で言われましたが、その辻さんのノートでした。(OvO) でも、こういう衝撃を受けるのが、私は学びになるのだと思います。(☝ ՞ਊ ՞)☝

 

(以上)

 

(お知らせです!!)

4月から、会場が変わることになりました。

 

京都国際交流会館 (京都市地下鉄東西線蹴上(けあげ)駅から徒歩6分)

京都市粟田口鳥居町2−1

 

日時:毎月第4土曜日 13:00〜16:00(開場は9:30〜ヲシテの読み書き勉強)

   (第3から第4に変わりましたので、要注意!)

会費:2000円

 

 

冨山喜子先生の「ほつまことほぎws」に参加してきました。♪( ´θ`)ノ

  • 2020.01.17 Friday
  • 22:23

 

 大阪へ出張の際に、出張先の近くで冨山喜子先生の縄文カレンダーのセミナーがありましたので、参加させて頂きました。本当にタイミング良かったのです。

 前日に「縄文カレンダーの2020年度版」がどこかで手に入らないかと思って、冨山先生のブログを検索していましたら、ぴったりのタイミングで、ワークショップが開かれることに気がつきました。翌日に行く先から、歩いて行ける程の距離です。

 これは春から縁起が良いですね!(^ν^)お昼の3時から始まりますので、早めに仕事を済ませてお尋ねしました。今回の会場となったのは、大阪北区の「チャクラ」という、エスニック小物と喫茶のお洒落なお店でした。

 

(会場の「チャクラ」さんは、おしゃれなエスニックと喫茶のお店です)

 

114日(火) 【大阪】北区チャクラ

『縄文カレンダー・ほつまことほぎ』

昼の部:Open:14:00 Start:15:00〜14アヤ

夜の部:Open:18:00 Start:19:00〜25アヤ

◎場所:チャクラ ☎06-6361-2624

◎参加費:1500/(1ドリンク付) 

     ※テキストキ別途各1000/

     ※縄文カレンダー2020別途1500/

https://www.facebook.com/events/540856023163702/

 

 

 私が30分ほど前にお店の前に到着しますと、ちょうどそこへ同じタイミングで、反対側から歩いてくる人がいたんですね。通り過ぎるのかと思ったら、「あ、お店に入った!」この人も参加者の一人なのかな〜?と思って、後について店内に入りました。

 お店の方(かた)を探して、「今日は冨山喜子先生の縄文カレンダーのセミナーにやってまいりました」とご挨拶をして、さっそく縄文カレンダーとセミナー代金をお支払いします。良かった良かった!縄文カレンダー2020年版が手に入ったよ。今年は閏年だから、去年とはだいぶ季節感がズレているから絶対に欲しかったんですね。\(^o^)/

 

 そしてついてることに、今日は14アヤと夜には25アヤもやるらしいのですよ、楽しみです♡。そう思っていると、別料金のテキストも買われませんか?と勧められましたので、「テキストなら持って来ました」とすかさず言いました。

そしたら、「エーーー!!!、何で持ってるの??」!(◎_◎;)と、びっくりされたんです。

 

 それで、「どうしてって、池田先生のヲシテ講習会で勉強させて頂いているからです。」と持参しました『記紀原書・ヲシテ』をお見せしましたところ、「こんなの読めるんですかーーー!!!」((((;゚Д゚)))))))と、またまた驚かれました。(笑)やっぱり、ヲシテ文献を原書で読む人は少ないみたいですね。

 

 

(店内は、こんな感じで落ち着きますね〜♪(^ν^):会場は奥のセミナー室です)

 

 

 お店の方とお話をしていると、私の前に入られた方も話の輪に加わってこられて、お店の方から、「池田先生の愛弟子さんです」と紹介されました。「京都の講習会へ行って見えるんですか?」そうですと答えますと、「私も行ってみたいけれど、あそこは敷居が高いですからね!」と言われます。「エ〜〜!敷居高くないですよ。優しい人ばかりだから来てくださいね。どうして敷居が高いですか?」と尋ねますと、「だって、辻さんていう人がいるじゃないですか〜!あの人は、かなり凄いらしいですね!」

 

 私は、知ってるんだ〜・・成る程と思って、「そうです!辻さん、見えますね〜。そのとおりです!」とお答えしますと、「それに〜〜、ヲシテひとり学会さんて言う人もいるじゃないですか?!」と言われます。

・・・??!(◎_◎;)「それって、私です。」なんか知らないところでも、私のブログを見て下さっている人がいたと思うと、嬉しいやら恥ずかしいやら。(^◇^;)   

 

 ・・・あれあれ??・・もしかして、この方が、冨山喜子先生だったの??!!Σ(・□・;)とやっと気づいて、今度はこちらがびっくりです。(笑)何しろ、冨山喜子さんのお名前は以前から聞いていましたが、お顔は一度も拝見したことがなかったし、年齢も不詳で全く分かりませんでしたからね。「私も、ヲシテひとり学会さんにお会いしたいと思っていたんです〜♡」って、言って頂けて、とても嬉しかったです。・・生徒さんと間違えていて、失礼いたしました。(^◇^;)

 

 

(2020年の縄文カレンダー:「ヒ」の季節は立春から)

 

 

 さて、今日は憧れの冨山喜子先生の縄文カレンダーのお話が聞けると思うと、とてもワクワクです。開始のお時間も直ぐに迫って参りました。会場は、お店の奥にある大きい喫茶室です。アジアンなテイストの、良い感じの教室ですね。そこでチャイを飲みながらの講習会(お茶代込みです)が始まります。受講者は、お昼の3時からの部でしたので、私を含めて全部で3名。少人数の場合は、質問してもそれほど迷惑にならないので、とてもラッキーですね♪

 

 先ずは、季節のお話から。今はまだ「ヱ」の季節、そしてやがて「ヒ」の季節へと移ります。『縄文カレンダー』を使ってだけのお話かと思いましたら、特別に本日の講習会のためのテキストが作ってあったのです。(こちらは頂けました。)「ヒ」の季節だけでも、縄文カレンダーには掲載されていない沢山の情報が載せてあります。ワー!やっぱり講習会は良いわー!と幸せを感じながら、チャンスですので、「天の川と季節の関係」についても前から聞きたかったので、質問させて頂きましたよ。・・・天文の話は難しいのですけれど、理解が少し前に進んで良かったです。😉

 

 授業の内容で印象に残ったところ、少しご紹介させていただきますね。

 

 

1、「もちのあさほぎ」のお話

 

 喜子先生は、鳥羽の方にお住まいなのですね。近くの海がリアス式海岸になっているので同じ場所から日の出と月の入りが同時に見えることがあるのだそうです。そんな朝に満月が海に沈んでいく光景を見ていると、海の上に月の道が見えると言われます。つまり、月の道とは海面に映る一本の月の光の道ですね。

 その光景を見ると、『トシウチニナスコトノアヤ』に「もちのあさほぎ」という言葉がありますが、その意味がよく分かるのだそうです。「モチ」とは、望月(満月)のこと。満月の恵みを一晩中に受けてまた、新しい日の恵みを受けて、何と有難いことなんでしょうと、体感的に分かってとっても感動しましたというお話です。「もちのあさほぎ」の深い意味、喜子先生はそんな考えに一人耽っていると、とっても幸せな満たされた気持ちになるのだそうです。

 その、頭の中が縄文の世界へ行っちゃってることを、

「ポケモンGO」ならぬ、「ジョウモンGO」というのだそうです!(笑)本当にロマンチックなお話ですね。でも、知らない人から見たら、ちょっと変人に見える感じですね、きっと!(爆)

 

 

(海から登る太陽:朝の気を受けて、「アグリ」すると男の子ができます♪\(^o^)/)

 

(海に沈む満月:海面に映るのは月の道 →「もちのあさほぎ」

 

 

「ムワタマツリ・トンドモチ」(旧歴1月望・小正月)

もちのあさほぎ

あつきかゆ さむさにやふる

わたゑやみ さやけをけらに

とんどもち ゑさるかみあり

(トシウチニナスコトノアヤより)

 

 

2、「ヒ」(春のはじめ)の季節のカミカタチのお話

 

 2020年、旧暦の元旦は、1月25日に始まります。ヲシテ時代の「ヒ」(はる)の季節の始まりですが、「ヒ」の文字のカミカタチは、二本の棒が並んでいて、それを風が包んでいますが、どんな季節なのか?その意味を「ハ」行を全部「ル」と組み合わせてみてみると、とっても分かりやすいというお話です。

 

 「ハラ・ヒラ・フラ・ヘラ・ホラ」

 

これは、1、ウツホ 2、カセ 3、ホ 4、ミツ 5、ハニ の順に並べたのですが、どんな意味があるか?、順に見てみると面白いです。(実際は、ヲシテで書いて並べます)

 先ず、「ハラハラ」は、春はこれからどんな事が起こるか心配です。次に、「ヒラヒラ」は、花に蝶がひらひら、「フラフラ」は、春の陽気に人もふらふら、「ヘラヘラ」していると、「ホラホラ」ね、言ったでしょ!ということになります。こうやって、「ヒ」の季節を「ヲシテ文字」で考えて、「ル」と組み合わせて、「ハ・ル」の意味を時系列で辿って考えてみると、とっても良く分かって面白いですよ。( ´ ▽ ` )という、お話です。なるほどね〜♪(^-^)

 やっぱり、喜子先生は、これを考えていたときも「ジョウモンGO!」だったのでしょうね!(笑)

 

 

3、資料がとっても分かりやすかったこと

 

 講習会の全体を通して、喜子先生が作ってくださったテキストが使われていたのですが、私は入り口で「要りません!持って来ました。(^O^)」と言って、『記紀原書・ヲシテ』のテキストを見て14アヤのお話を聞いていたのです。ところが、購入された方のを見てみると、なかなか良い感じに纏めてあったので後悔しました。(笑)ヲシテには段落がありませんが、内容を見て段落に区切り、ひらがなとカナに分けた表記と、その下にヲシテの表記、左側には訳が書いてあって、とっても見やすいのですね。

 訳は「伊勢の会」の時に池田先生にいただいた資料を元に、編集してつけられたそうです。喜子先生独自のオリジナルな感じになっていましたので、やっぱり帰りに買わせていただきました。ヲシテを朗読していただくと、喜子先生は声がとても優しくて、縄文の響きと言いますか、とっても良い雰囲気でした。お決まりの最後にみんなで朗読もやって、それでお開きです。とても楽しかったです。

 

 

(教材の縄文カレンダーについてのお話のテキスト:こちらは貰えます)

 

(『ホツマツタヱ』のテキスト:縄文カレンダーのように少しずつ区切ってあって見やすい♪)

 

 

 以上、『縄文カレンダー・ほつまことほぎ』に参加させて頂いたご報告でした。そして、謎のベールに包まれた冨山喜子先生ですが、私の印象としては、Bebe先生を少しお姉さんにした感じです。(Bebeさんを知らない人はごめんなさい)共通点としては1、行動的で色んなところへ出かける 2、ヲシテの深い意味を感じ取って萌える(ジョウモンGO) 3、色んなことに興味がありそう。この共通点は、京都の「ヲシテ講習会」に集まる方々も同じのようですね。

 

 ブログを見てくださっている方も、お近くでワークショップが開かれましたら、参加されたら楽しいと思いますよ。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

1月*ヲシテ縄文カレンダー・ほつまことほぎwsのお知らせ

 

喜びの種☆

 

おまけのクイズ:麻の葉模様は、「ル」がいっぱい!

 どこに「ル」があるか、分かりますか〜?

     ↓

(麻の葉模様:ヒントは、ヲシテ特殊文字の「ル」です。)

 

 

PR

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

selected entries

archives

recent comment

  • 『伊雑の宮・(浦村牡蠣食べ放題)・二見ヶ浦・外宮さん御食の旅』
    YamaMiki (02/26)
  • 『ヱツハウツユフ マサキクニ』の解釈について:
    YamaMiki (02/26)
  • 『ヱツハウツユフ マサキクニ』の解釈について:
    いけだ (02/26)
  • 『ヱツハウツユフ マサキクニ』の解釈について:
    いけだ (02/26)
  • 『伊雑の宮・(浦村牡蠣食べ放題)・二見ヶ浦・外宮さん御食の旅』
    Naoki (02/24)
  • 「特殊文字の「う」を「ウン」と読むことについての考察(その3)
    YamaMiki (02/19)
  • 「特殊文字の「う」を「ウン」と読むことについての考察(その3)
    Naoki (02/19)
  • 「特殊文字の「う」を「ウン」と読むことについての考察(その3)
    YamaMiki (02/18)
  • 「特殊文字の「う」を「ウン」と読むことについての考察(その3)
    いけだ (02/18)
  • 冨山喜子先生の「ほつまことほぎws」に参加してきました。♪( ´θ`)ノ
    YamaMiki (02/17)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM